2015年9月17日木曜日

[カンタ!ティモール]再び

 

1年半ほど前、私たちはこの映画に出会った。去年の5月から、高円寺の炎の雫では、毎月上映会をやってきた。そして太東で、新たに《音・本cafe 炎の雫》を始めるにあたって、まず思ったのは、「カンタ!ティモール」の上映会を続けたいということ。この映画は、すでに炎の雫の大切な一要素となっている。
以下は、最初の上映会の前にブログに載せた文章である。

「カンタ!ティモール」

東ティモールのことなんて、ほとんど何も知らなかった、この映画を見るまでは。

 東ティモールってどこ?何かで耳にしたことがあるような、ニュースだったかしら、それとも旅番組だったかしら、そんな程度。のどかな南の楽園?とんでもない!

 この映画を見て、私はその苦難の歴史と、それに対して長い戦いを闘い抜いたやさしく雄々しい人々のことを初めて知った。そしてそんな自分を深く恥じた。


「カンタ!ティモール」は、ある日本人女性がティモールで耳にした歌から始まる旅である。それは若くして独立運動に身を投じた若者が歌う歌。その歌をたずねながら、それは同時に東ティモールの苦しく悲しい歴史をたどる旅となっていく。

1975年インドネシアの侵攻によってポルトガル領だった東ティモールは制圧された。国連はそれを占領とみなし非難したが、日本もアメリカ・ヨーロッパも、インドネシアとの関係を重視し、黙認。ティモールの人たちは独立を掲げてインドネシア軍と激しい闘いを長い年月に亘って続づけることになる。その中で、20万人もの人が虐殺されたというサンタクルス事件があり、国連の監督下で行われた住民投票で独立が決まった後のインドネシア軍による破壊と殺戮があり、多くの命が失われていく。

この映画に出てくる人たちは、みな家族や友人を、大切な人を失いながら生き延びてきた人たちである。
けれど、彼らは言う、「悲しいけれど、怒っていない」と。彼らは、悲しんでも人を憎まないことを選んだ人々。なんとやさしく、なんと強いのだろう。彼らは軍の兵士を捕えても、決して傷つけず、ただひたすら話をして帰したという、それが長い戦いの間に、密かにティモール独立の支持者を広げることにつながっていった。そんな戦い方を知って、私は強い衝撃を受けた。そして映画の中に出てくる日本、彼らの「日本には何も望んでいない。ただインドネシア軍を支援するのはやめてくれ」という言葉、ODAの名目のもとに殺戮を繰り返す軍の援助をしている現実、まったく知らずにいた私は、本当に恥ずかしいと思った。

そんな現実の中だが、ティモールには人々の笑顔があふれている。ルリックと呼ばれる精霊がここかしこに現れ、人々とともにあり、時には導く。誰もがその聖性を信じ、大切にしている。美しい緑の大地には歌声が響く。ギターを持った若者を取り囲み歌う子供たち。子供たちの瞳のなんと美しいことか。その目、その笑顔は、まっすぐに希望へと続いている。いつしか思いは、わが日本へ向かう。かつてはこの日本にもあったはずのもの、さて今はどこへ行ってしまったのか、取り戻せるだろうか、まだ間に合うかもしれない。ティモールの人々には、そんな微かな望みすら抱かせてくれる力があり、この映画にはそのためのヒントがたくさん詰まっている。

「カンタ!ティモール」を見て、ある人が言った、元気の出る映画だよ。

「カンタ!ティモール」 勇気をもらえる映画だと、私は思う。 ぜひ見てください!!(佳)

Canta! Timor」 公式サイト:www.canta-timor.com


 ★「カンタ!ティモール」上映会と江口晶さんのトーク 10月3日、14:00から。予定が決まったら予約してください。お待ちしています。

2015年9月14日月曜日

高円寺から太東へ

 ご縁というのは不思議なもの、千葉の外房への引っ越しは、あっという間に決まってしまった。私たちは、長年住み慣れた杉並を離れ、高円寺を離れ、外房の太東で新しい生活を始めることに決めた。



4月の末で高円寺の「炎の雫」を閉じた。最後の月は、ライブも映画もイデアの雫もやった。

5月の連休を使って、店の片づけをした。

さて、店の荷物をどうやって運ぼうかと思案していると、救世主が現れた。千葉の家を改装して、お店ができるようにする相談をしていた工務店の社長さんが、荷物を運んでくれるという。5月の中旬に、店の引っ越しは決行された。私たちは、人通りがあまりない早朝に荷物をトラックに積み込み、千葉へと出発した。生まれて初めての海ほたるを経由して、千葉に着く。結構近いんだ。ちょうど小学生が登校する時間だった。その日は、初めて太東の家に泊まった。時々電車が通る以外は、カエルの声と風の音だけ、静かだった。


さて、店の引っ越しが終わると、今度は家の片づけ。これが本当に大変だった。何せ20年も住んでいたのだから、どうしようもなくいろんなものが蓄積されている。人はいかに要らないものを捨てずにいるのか、思い知らせれた。千葉に行ったらすっきり暮らしたいと心から思う。5月いっぱいで児童館の仕事を辞め、それからが勝負、のはずだったが、その時点ですでに敗戦気分濃厚、友達に手伝ってもらったりしながら、何とか乗り切った。

6月中旬、ついに引っ越した。家の外ではエントランスのウッドデッキの工事中、家の中は段ボールの山。ベッドルームが確保されているので本当に助かった。このベッドもこの家の前の持ち主さんからいただいたもの、住居なのに居抜きと言っていい条件で引き継いだ、それが幸いした。

その日から、また片づけの日々、この家に残されたもの、店からもってきたもの、そして自宅から来たもの、3軒分の片づけ。さらに家の中の改装も始まる。ずっとぐちゃぐちゃは続く。お店のカウンター部分が出来上がって、やっと物の置き場が見えてきた。その時点で気がつけば2か月経っていた。

ここに来てまず思ったのは、緑一面の心地よさ。あたりは木や草や田んぼや畑、本当に気持ちがいい。

そして静かさ。聞こえるのは、風がさわさわと渡る音と鳥の声、虫の声。線路のすぐそばなので、電車と踏切の音がするけど、電車は1時間に1,2本だし、車もごくたまにしか通らない。なんて落ち着くんだろう。心も体もほっとする。駅のところに小さなスーパーがあり、踏切を渡るとホームセンターがある。自転車で15分くらい行くと大きなスーパーもある。そのスーパーに行くには、田んぼの中の一本道を通っていくのだけれど、これがホントに気持ちがいい。その真ん中くらいの畑で耳の遠いおじいさんが野菜を売っている。ここの野菜があまりにもおいしくて感動した。10円で売ってくれたキュウリは甘くて、キュウリが甘いなんて初めて思った。枝豆がまた絶品。ざるいっぱいに入りきらないほどで200円。虫もついてたけど。

                                                                                 

虫と言えば、千葉は虫と共存の生活。最初のころは、どこから来るのか家の中でいろんな虫を見かけた。小さな緑のカエルは毎日、お風呂場だったり、畳の部屋にいたり。カエルを外に出すのは夫の役目。今ではすっかり慣れっこ。見かけないと探しちゃうくらいお友達。かなり大きなクモが家の中に住んでいるみたい。ハリーポッターの禁断の森にいるクモみたいなやつ。でもクモはゴキブリを食べるそうだから、まいいか。越してすぐ、夫は小さなムカデに刺された。ムカデはやばいので、ムシコナーズを家の周りに撒いた。しばらくして私はハチに刺された。小さなハチだったのに、2週間たっても腫れている。やっぱりハチってすごいのね。

庭は芝生だったのを駐車場にしてしまったけれど、ぐるりと周囲が木に囲われている。中でもソテツの木が面白い。ここに来たときは、こんもりとした緑の山、まるで怪物みたいだったが、先日植木屋さんの手で全く別な姿に変わった。その姿も個性的、私はすっかりソテツファン。この庭はいろんな木があるという。松、梅、桜、桃、棕梠、月桂樹、藤etc、キウイの実や柿の実もなるし、バラも咲くらしい。ミントの葉っぱがいっぱい生えているのに気づいた件の社長は、それでモヒートを作ってくれた。植物に全く疎い私たちだが、結構楽しい。調子に乗って、ホームセンターに夏植えのキュウリがあったので植えてみたら、まったくただ植えて水をやっていただけなのに、キュウリが収穫できて感動。今まで4本食べたかな。ちゃんとおいしいキュウリでした。

                                                            

そんなふうに過ごしながら、自転車で近所を探検。太東海水浴場の海までも15分くらいで行けることを発見。太東灯台(ここの展望台に立つと地球が丸いことがわかる、絶景です)の方に、素敵なカフェも発見、ここは石窯で焼くおいしいピザが食べられる。崖の上の個性的なカフェもある。また、この辺りはパンやさんが多い。自転車圏なら4,5軒もあり、それぞれおいしいパンがある。なんだか東京よりずっとリッチな環境だ。

外の工事が終わると、自分たちでペンキを塗った。いろいろ考えたあげく、色は深い緑にした。ここでのイメージカラーは緑、窓枠やドアのガラスは淡いブルー。これは炎の雫の看板の色。緑との相性もいい。ペンキを塗るのは楽しかった。夫も私もはまってしまい、もっと塗るとこないかなと探す始末。
家の中に作ってもらったカウンターが出来上がると、やっと店のレイアウトが考えられるようになった。ずっと置きっぱなしだった段ボールを開け、食器やレコードや本を配置する。ここ外房では、「音・本cafe 炎の雫」という名前に決めた。音と本をゆったりと楽しんでもらう空間にしたい。
そうこうするうちに、もう3か月。保健所の営業許可も取れた。そろそろお店を始めようか、どういうふうにやろうかと夜な夜な、じゃないか、夜に昼に話し合っている。10月には営業を始めるつもりだが、せっかくだから、のんびりやりたいと思っている。


実は、9月6日の日曜日に、内輪のウォーミングパーティライブをやった。高円寺の炎の雫でも、半年ごとに神戸から来て歌っていた松濱正樹さんが、いつもの青春18きっぷで上京、ここに来たいというので、千葉は大網在住のシンガー畔柳賢朗さんにも歌ってもらい、水野たかしと3人のライブ。パーティライブなので食べ物も用意し、アットホームな集い。炎の雫開店当初のメニューだったチキンハムや、おじいさんの畑で買ったなす、近くのパン屋さんのパンで作ったサンドイッチ、勝浦の朝市で買った桜えび入りの卵焼きなどを作った。夏休みに東京からやってきた友達(彼女は引っ越しの荷造りを手伝ってくれた人です)が持ってきてくれたブルーベリーの冷凍を使ってケーキも焼いた。ずいぶん久しぶりに、人に食べていただくものを作った気がする。リハビリが必要ね。


今日は雨、朝から時折強く降ったりしながら、降り続いている。ここはいつもだいたい風が吹いているけど、今日はあまり風がない。だからいつもなら聞こえる風の音がしなくて、雨の音だけ。虫も鳥もどこかに避難しているのか、とても静か。コーヒーを飲みながらぼんやりと外を眺める。こんな贅沢な時間を過ごしている自分が不思議。だけどもうずっと昔からここにいたような気がする。ある友人がここに来て、私と夫がこの家に、この空間に親和していると言った。20年も昔からここで店やってるみたいだねと言った人もいる。それが縁というものか、私たちはこの家に呼ばれた。だからこんなに心地よくいられるのだろう。


皆さんもどうぞ訪ねてみてください。千葉は外房、太東の風の音を聞きに来てください。お待ちしています。(佳)

2015年1月28日水曜日

少しずつ、ゆっくりと…
















2015年が始まり、もうひと月になろうとしています。
17日の土曜日に、とある施設の成人式に行ってきました。

炎の雫で2か月に1度続けている「ごはんの会」のメンバーが今年成人式を迎え、彼らの中の2人が働いている作業所の成人式のお祝いの会です。気軽な会だと思って行ったら、ずいぶん立派な会で、議員さんや養護学校の校長先生も来賓で出席されていて、困ったなと思ったけど、暖かな雰囲気のいい会でした。
この施設で成人を迎えたのは3人、職員さんによる一人ひとりの紹介で彼らの普段の様子が垣間見え、保護者の方の言葉には、ここまで育ててきた日々の大変さとだからこその成人を迎えた喜びが表れていました。

彼らが小さな時からの写真をスライドで写したり、他の作業所の人たちがお祝いのフラダンスを踊ってくれたり、仲間たちが歌を歌ってくれたりと、楽しいプログラムがいっぱいでした。フラダンスを踊ってくれた中にも、ごはんの会のメンバーがいてびっくり。私は、彼らとは小学校の高学年または中学生になった時からのお付き合いなので、感慨深いものがありました。

少しずつできることを増やしながら、ゆっくりと成長してきた彼らが、これからも、楽しく働き、暮らしていけるようにと心から願っています。その一つとして、「ごはんの会」も続けていきたいなと思います。(ここで、ごはんの会って何だろうと思っている方のために解説。ごはんの会は私が以前働いていた、障害児の放課後クラブを卒業し社会人となった若者たちと、それに関わっていた大人たちが集まって、一緒にごはんを作って食べる昼食会です。炎の雫のスペースを貸し切り状態にし、みんなでワイワイやっています。知的障害を持つ彼らをサポートする大人たちはボランティアです。ごはんを食べた後は、絵本と手話の歌、時には工作をしたり、彼らが中高生だったころのように活動しています。)

さて、お店の方はというと、6日の夜に映画上映会から始めました。
この日は、土日には来られずまだ「カンタ!ティモール」を見ていないうちの長男や知人たちが集まりました。
いつも上映後、私が少し話し、最後に主題歌とも言える「星降る島」をみんなで歌っているのですが、夫にギター弾けそう?と聞くと、大丈夫だろうというのでやってみました。結果はOK、一安心。
20代から60代までの世代の違う人たちが、いろいろ話し合うことができていい上映会になりました。
これが復帰の第一歩。
そして、8日から、午後1時から5時までの短い時間ですがお店を開けることにしました。
少しずつ、ゆっくりとペースを戻していこうと話しています。
イベントは予定通りに行います。17日には、“あおやぎとしひろ&くみこ”のライブでした。夫はギターを何曲か弾かせていただきました。家でギターを弾いて、ある程度は弾けると思っていても、人と一緒にやるとか実際のライブでやるのは全く違うからと不安に思っていたようですが、あおやぎさんと一緒にやらせてもらって、なんとかなりそうと思えたようでした。お二人も気づかいながら演奏してくださり、なんだかいつもにもまして優しい音色を奏でてくれたように感じました。あおやぎさん、くみこさん、ありがとう。
21日の水曜日は稲生座のライブが入っていたのですが、おかげでそれも無事にできました。稲生座のみんなも、対バンのるーぱんも、見守る眼差しが暖かくて、なんだかぐっときました。
ライブの方も、少しずつゆっくりとやっていけそうです。

新しい試みもあります。
名付けて「イデアの雫」。“支え合い”をテーマに、人と出会い、話を聞く会ということで、様々な場で誰かを支える活動をしている方のお話を聞き、繋がりを考えていこうという会です。私が児童館で知り合った仲間たちと一緒に始めようということになったもので、12か月に1回不定期開催。
1回は129日木曜19:00から、西方郁子さん・松本麻里さんによる「支え合いを目指す人たち~西方さん・松本さんの訪問記」、第2回は2月24日、槇直子さん「子供が主役の放課後教室」、第3回は3月20日、関本保孝さん「夜間中学校~多様な国籍・年齢のせいとが集い、学ぶ場」です。興味のある方はご連絡ください。

日常生活はというと、生活のペースも、少しずつできてきました。

減塩生活にも慣れてきました。今までと違うのは、お料理の始めはまず計算というところ。テーブルに座り、病院でもらった塩分表を傍らに、食品のパッケージを眺めながら、何をどれだけ使ったら塩分何グラムと計算します。夕食だったら3人前で塩分6グラム、それぞれに使う塩分量を決め、小皿に計量。タニタのはかり活躍中。
ある日のの夕食は(写真)、カレイの煮つけ・一緒にお豆腐を煮て、ここに塩分約3グラム。切り干し大根の酢の物ここに2グラム弱。かぼちゃの煮物はだしとお砂糖で煮て0.1グラム。スナップエンドウをゆでてマヨネーズで食べるのは0.4グラムくらい。合わせて5.5グラムくらい。どうかな? と食べてみると、これが結構いけます。煮つけは甘辛い濃厚な味ではないけど、別物と思えばなかなかいけます。おいしいよ。こんな感じで、毎日毎日、なんだ大丈夫、おいしいよねと食べている私たち夫婦ですが、かわいそうに息子は、う~ん、と言いながらお醤油かけたり、お塩かけたりしながら食べています。

だしの話。

粉末だしの素を使うと5グラムで塩分1.5グラムもあり、一人分がほぼなくなっちやう。私、ほんだしが得意だったのですが、だしをとることにしました。と言っても、本格的にとるのはめんどくさい。そこで、生協のだしパック。麦茶のパックみたいになってるやつ。これでだしとると、100mlあたりの塩分は0.07グラム、これはほぼ無視してもいい値。私はいい加減なので0.1以下は考えに入れないことにしてます。あんまり細かいと疲れちゃうから。だから、いつも6グラムぎりぎりじゃなくてちょっと残すようにしてます。これで何とかなるでしょう。
減塩したからって直ぐに血圧が下がるわけじゃない、こっちも少しずつ、下がっていけばいいと思いながら、ゆっくりと続けていくしかないと思います。
こんな感じで暮らしています。
少しずつ、ゆっくりと…今年のモットーです。 (佳)



2015年1月2日金曜日

退院、そして新しい年

 

ご心配をおかけしましたが、年末12月30日、退院することができました。
そして、2015年を迎えることができました。
今年もどうぞよろしくお願いします。                                                                      水野たかし・佳

12月30日担当の先生の説明のお話を聞き、栄養士さんの食事指導を受けて、退院しました。
右視床出血の影響は、不随意運動だけでなく、左側にごく軽い麻痺のようなものがあること、今回よりも以前に小さな出血が起きていた痕跡がいくつかあることを説明され、血圧管理のための食事改善を指導されました。

 こうして、水野家の減塩生活が始まりました。塩分は1日6グラム、1食について2グラムです。ナトリウムだと、2.5倍して、食塩相当量を計算するそう。食品の成分を気にしてみるようになると、これが結構面白い。カップ麺なんか食べたら、1個で一日分の塩分になっちやう。市販品のほとんどのものにナトリウムは含まれている。レモンを自分で絞ったら塩分はないけど、ポッカレモンにはナトリウムが入っているなんて全然知らなかった。甘いお菓子だってナトリウムを含んでいる。へえ、そうなんだと思いました。目下のところ、食品のパッケージを眺めてはふーんと思い、調味料を計っては、これくらいだとこんな味と実験中。それはそれでちょっと楽しかったりします。

さて、退院する前にアマゾンで買ったものが2つ。ひとつは血圧計、もともと家にあったのは10年以上前のもので、先生にこの際新しいのを買ったら、と言われて購入しました。もう一つは、エアロプレスというコーヒーメーカーです。入院中の時間つぶしにと図書館で借りてきた「珈琲の大辞典」という本に載っていて、夫が興味を持ったもの。筒状になっていて珈琲の粉を入れ、お湯を注いで圧をかけて押し出すという単純なもの。一時流行った紅茶の葉っぱを入れて押し出すやつ、ありましたよね、あれって本来はコーヒー用だったって知ってましたか?私は全然知らなかった、フレンチプレスというそうです。それを発展させたのがエアロプレス。知る人ぞ知るマシンらしい。それを買いました。お医者さんにもコーヒーは特に問題ないと言われたので、早速エアロプレスを使ってコーヒーを入れてみたら、おいしい!苦いコーヒーが苦手な私でも大丈夫な、すっきりした苦みのコーヒーができます。豆の量とお湯の量の微妙な配合が面白いらしく、夫は今エアロプレスにはまっています。

 お酒は適量でと指導されました。適量ってどのくらい? そしたら、栄養士さんが面白い計算方法を教えてくれました。アルコール度数に量をかけて2500が適量だそうです。つまり、ビールなら5%だから500ml、日本酒なら16%くらいだから156mlで1合弱、焼酎なら25度だから100ml、ワインなら14%だと180ml。この量だとどれがいいかな、私たちは日本酒をちびちび飲むことにしました。二人で1合半くらいをゆっくり飲む。お正月らしい気分になれますね。

 なんだかんだで、今の状況を楽しめる私たちでよかったねと言いながら、のんびりしたお正月を過ごしています。

お店も、ゆっくり無理せずにやっていこうと思います。ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。皆様も、飲みすぎないように、楽しいお正月をお過ごしください。(佳)

2013年12月31日火曜日

大晦日…

 あっという間に大晦日です。今年1年ありがとうございました。

10月の一周年記念月間から11月の映画上映と田中佑芽さんの作品展、なんだかわさわさ過ごし、12月になって児童館の仕事の方で行事続きで忙しく、気がつけば2013年最後の日となりました。

 2013年は1月の「陸前高田・海の写真展」から始まりました。なんだか遠い昔のようですが、今年のことだったんですね。
写真展の小野さんは最終日にトークショーも行ってくれました。それをご縁に、夏には陸前高田にも行きました。
その他のイベントは、「田中佑芽・作品展」、あったかいイラストと墨で書いた言葉が印象的な楽しい作品展でした。
また、ドキュメンタリー映画「逃げ遅れる人々」の上映会は、このスペースでできるだろうかと思いながらの開催でしたが、けっこういい感じで上映会ができることがわかりました。ごはんの会のメンバーも見に来てくれて嬉しかった。
私の個人的な企画である「ごはんの会」(障害を持つ若者たちとごはんを作って食べるランチ会)も5月に始め、5回開催しました。
音楽ライブは19回行いました。

出演してくれた方は14組(ゲスト含む)。ほとんど生音・生歌のライブでした。

生の音っていいですね。じんわりと包まれていき、体に沁みこんでくる感じがします。

炎の雫では、世のライブハウスに逆行し、1人の方にできるだけじっくりと歌ってもらってその人の世界に浸ってもらいたいとの思いから、ワンマン、またはその人の企画でゲストを呼んでもらう形でやることにしています。
こんな風に聞けるところは、今なかなかないので、聴く側にはお得だと思います。演る側は大変かもしれませんが、実際にやってみると、みなさんたっぷり1時間~2時間聴かせてくれる実力者揃い、毎回ライブを堪能させてもらっています。
これからも、こういう形で続けていきたいと思っています。我こそはと思う方、いらっしゃいましたらご連絡ください。

 さて、22日には、ながしまりいちと水野たかしで、今年のライブを〆ました。ながしまりいちの熱い歌に、中山幸ちゃんのパーカッションとハーモニー、そして水野たかしのギターが加わり、お客様も盛り上がって、賑やかな年の瀬の〆ができました。 さて、22日には、ながしまりいちと水野たかしで、今年のライブを〆ました。ながしまりいちの熱い歌に、中山幸ちゃんのパーカッションとハーモニー、そして水野たかしのギターが加わり、お客様も盛り上がって、賑やかな年の瀬の〆ができました。

 ここ3日は、片付けと掃除・洗濯に追われています。
大晦日、みなさんそれぞれ予定があることと思いますが、くれぐれも飲み過ぎて事故にあったりしないように気をつけてください。
うちの夫が一番危ないかな、稲生座から無事に帰ってきてくれることを祈りつつ、私は静かに行く年を送りたいと思います。

どうぞ良いお年を。(佳)




2013年11月16日土曜日

人それぞれ好みは違う。

 
田中佑芽さんの作品展を見に来てくれた方たち。
人によって反応がいろいろ違って面白いです。
同じ人が描いたと思えないと言う人がいるかと思うと、全体を見て色のトーンの統一性を感じる人もいる。言葉に引っかかる人も、絵の色彩や形に引っかかる人もいます。ひとつの作品に惹きつけられて、私はどうしてもこれがいいと言う人がいる。
感じ方もいろいろ。かわいいとか、あったかいとか、おもしろいとか、笑っちゃうとか、ガーンときたとか…。
ほんとうに人それぞれ、感じ方が違い、好みが違うことがよくわかります。
ポストカードの売れ方がそれを裏付けています。作品展開始から10日ほどで、22種類・41枚のカードが売れました。一番売れているのは猫のカード、でもあとはバラバラ、複数売れているのが12種類あります。カードを買うとき、このカードを○○さんに出そうと決めて選ぶ方が結構いらっしゃいます。なんだか誰かに送りたくなるカードなのでしょうね。メール全盛の昨今ですが、たまにはカードに一言添えて送るのもいいなあと思わせてくれる、佑芽さんの作品にはそんな暖かさがあります。

作品展はあと10日ほど、できるだけ多くの方に見ていただけたらいいなと思っています。(佳)

2013年10月15日火曜日

映画上映会と「田中佑芽・作品展」

炎の雫、1年経ちました。短かったような、長かったような、いろいろあった1年でした。
試行錯誤の1年でもありました。そうして、今、初心に帰ろうと思います。そもそも、炎の雫は、発信する場でありたい、いろんな表現活動をやろうとしている人たちを応援する場でありたいとの思いをもってスタートしました。それを実践するのは、なかなか難しいと身をもって知りました。でも、やっぱり、そうありたいと、夫と二人で確認し、気持ちを新たに続けていこうと思います。どうぞ、今後共よろしくお願いします。
というわけで、1年を機に、イベント企画の幅を広げていこうと思います。

第1弾として、映画上映会を行います。きっかけは、私の職場・児童館の関係で、この映画を見たことにありました。「逃げ遅れる人々~東日本大震災と障害者」というドキュメンタリー映画の上映会と監督とのトークの企画に参加、考えさせられることがたくさんありました。監督が、「自分は障害のある人といろんな関わりを持ってきたのに、震災の時、彼らのことなど思い出しもしなかった。そういえば障害のある人たちはどうしていたのだろうと思ったのは、ずいぶんたってからでした。」と言いました。多くの人がそうでしょう。そんな中で、あの時から何が起きていて、どう続いているのか、まずはそれを知ることが必要なのではないか、という思いを強く持ちました。炎の雫でも上映会ができないかな、そういえば、家の息子が働いているライブハウス『36°5』にDVDの映写機があったことを思い出し、マスターのノブさんに相談すると、快く貸してくれることになり、上映会が実現することになりました。11月に、曜日をバラバラにして4回やります。ひとりでも多くの方に見て欲しい、そしてそれぞれに考えて欲しいと思っています。どうぞ足を運んでください。
それと並行して、ギャラリーでの展示の話も進めていました。展示は、今まで、「スワヒロミ・影絵人形展」と「陸前高田海の写真展(小野文広浩)」をやっています。ずっと展示の企画も探しているのですが、なかなかなくて…。そんな時、夫が何回か歌いに行っている滋賀の太子ホールをやっている方のお嬢さんの作品を、夫のフェイスブックで目にしました。絵と言葉、なんだかあったかい感じでいいなと思いました。それが田中佑芽さんです。ゆめさんは、障害者作業施設に在籍し、工房のアトリエで作品を制作しています。聞けば、時々展覧会をやったりしているとか、それなら炎の雫で展示してくれないか聞いてみようということになり、ご本人も喜んでくれて、話が決まりました。どうせなら、映画上映と同時期に、来てくださった方に見て欲しいと思い、10月31日から4週間、11月26日までとなりました。(ちなみに10月31日は、1周年記念の水野たかしのライブです)ポストカードの販売も行う予定ですので、お楽しみに。
そんなこんなでこれからの炎の雫、皆様に何かを発信し続けていけるように、頑張りたいと思います。
よろしくお願いします。(佳)

初夏の旅~奈良から大津へ

  新緑の美しい初夏の奈良から大津を旅してきました。今回の旅の目的は、特別公開の仏像を見ることと、今まで行きたいと思ってたけどまだ行っていないところに行くこと。 順にご紹介していきましょう。 (今回の旅の目的の一つは特別公開ですが、公開される仏像はほぼすべてが撮影不可です。なので...