2022年3月30日水曜日

ドキュメンタリーとアニメーション

 『THE BLUE NOTE STORY』というドキュメンタリー映画を見てきました。

伝説のジャズレーベル「ブルーノートレコード」を立ち上げた2人のドイツ人の人生とブルーノートの変遷を描いたドキュメンタリー映画です。

アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフ、1930年代のドイツ・ベルリンで出会った二人は、ユダヤ系だったためナチスによる迫害を逃れてアメリカへ渡り、大好きなジャズのレーベルを設立する。当時のアメリカは公民権運動以前の激しい人種差別の時代。彼らは自分たちと同様に差別にあっている黒人のミュージシャンたちに共感し、決して彼らを差別することなく、レーベルを運営していく。映画は、彼らの周囲の人々、ブルーノートのミュージシャンたちの証言によって進められていく。証言者は、ジャズの大御所たち、クインシー・ジョーンズ、ハービー・ハンコック、ウエイン・ショーター、ソニー・ロリンズ……みんなものすごく雰囲気があって、すごーくいい声をしている。楽器の人たちなのにね。ミュージシャン以外では、レコードエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダ―、アルフレッドの元妻でジャズクラブ「ヴィレッジヴァンガード」のオーナー故ロレイン・ゴードンなど……。ジャズの名曲に乗せて語られていきます。名曲だらけ! ジャズファンでなくても知ってるような曲がいっぱい。もちろん貴重な演奏の映像もいっぱいです。マニアでなくても楽しめる、とあったけど、確かに。制作総指揮はヴィム・ヴェンダース。

キーワードは《シュイング》
二人が最も大切にしていたもの、それはちゃんとスウィングしている演奏であるか否か。それがすべて。アルフレッドは、独特のドイツ訛りで「Must Schwing」といつも指示。二人は録音に最初から最後まで付き合い、ノってくると小さく体を揺すって踊る。それはちょっとずれた独特なリズムだった、と言っていた人がいました。それを聞いて、昔浅川マキが、ライブで最前列のお客さんが、リズムをとっているんだけどそれがちょっとずれてる、最後までそれで通した、それがたまらなくいいと言っていたのを思い出しました。それぞれが自分のリズムでスイングすればいいんですよね。また、カメラマンでもあったフランシスは、ミュージシャンがふと見るととても奇妙なところで写真を撮っていたりして驚かされることが何度もあったそう。彼が撮った写真はレコードのジャケットに使われました。当時黒人の写真をジャケットにするなんてなかった時代、その意味でもブルーノートは画期的でした。

さて本題。この映画、随所にアニメーションが使われています。監督エリック・フリードラーは「写真や資料の残っていない場面に、再現ドラマを制作するのはやめようと決めた」と語っています。代わりにアニメーション。なぜならその方がずーっと自由だから、と。アルフレッドとフランシスが若いころ初めて出会ったベルリンのクラブのシーン、アメリカにわたる船に乗るシーン、セロニアス・モンクのアパートを訪ねるシーン……様々なシーンで使われるアニメーション。人物はちょっと仮面を張り付けたような顔、ロボット的な動き、今ならもっと本物っぽく作れるだろうに。ところがこれが妙にいいのです。なんだか心に残ります。中でも、ものすごーく印象的だったのは、ビリー・ホリデーの「奇妙な果実」。今まで何度も聞いたことがあったけど、ここでのアニメーション映像を伴ったその歌は、こんなにストレートに入ってきたことはないと思うほど衝撃的でした。これ、アニメーションだからなのでしょうね。新しい可能性を見た気がしました。

実は、先月も同じような体験をしました。
それは、ダンサー‣田中泯を追ったドキュメンタリー『名付けようのない踊り』という映画。
犬童一心監督が、2017年から19年にかけて、日本と世界の各地で踊る田中泯と行動をともにしながら撮影した映像を中心に、過去の映像やアニメーションも織り交ぜて構成されています。

田中泯をご存じでしょうか。最近は味のある役者として名前が出ているけれど、筋金入りのダンサーです。
はるか昔、アングラ演劇に傾倒していた私は、髪の毛を剃り落し、ほぼ裸で踊る彼に、演劇やライブの会場などで度々遭遇したものでした。
当時、舞踏の世界は、土方巽の暗黒舞踏、麿赤児の大駱駝艦、舞踏集団と呼ばれる存在がいくつもありましたが、田中泯はどこにも属さず、一人で独特のダンスを踊っていました。それがもう40年以上前のこと。

この映画の存在を知って、懐かしさと同時に、踊る人としての田中泯は今どうなっているんだろうと興味が沸いて、見に行きました。結論から言うと、観てよかった映画でした。田中泯のとてつもなく強いエネルギーと彼の生き方、何十年もの時を貫き通してさらに磨きがかかった“名付けようのない”ダンス。久しぶりに心がざわざわし、同時になんだか落ち着くというちょっと変わった体験をしました。

この映画を見たいと思ったもう一つの要因が、アニメーションを担当する山村浩二。私は彼の「頭山」という変な短編を見たことがあって記憶に残っていました。(「頭山」は人間の頭から木が生えるという変な作品で、アカデミー賞にノミネートされました。彼は世界4大アニメーション映画祭ですべてグランプリを受賞した唯一の監督だそうです。)

少年時代の田中泯は山村浩二によるアニメーションで描かれます。田中泯は自分の少年時代を「わたしのこども」と呼び、子供らしさを共存させて生きるという想いを持っていて、ここでも、実写ではなくアニメーションであることが生かされています。少年時代のエピソード、例えば警察官だったお父さんが、水死体が出るとそれを息子に見せようと前に押し出す、なんてシーンは、実写では辛いけれど、アニメーションであることで妙にきれいに受け入れられます。少年時代だけでなく、森の中で田中泯が踊っていると、彼の全身から何かが巻き散らかされて、頭から出た何かは成長を始めて、森と同化していく…という映像あり、そこは実写とアニメーションの融合。もともと田中泯は人間離れしているので、何かが出てきても、頭山みたいに彼の頭に木が生えても全然不思議じゃないので、あまりにも自然です。ほんとにそうだったのかもね、なんて思っちゃいました。

この映画、映像がめちゃくちゃきれいです。どこを切り取っても絵になります。
田中泯が踊ってるシーンは、周りで見ている人を撮っていることも多くあり、人々の表情がおもしろい。日本、ポルトガル、パリ、それぞれのお国柄・お人柄も見えて興味深いです。踊り終わった後、「幸せだ」という田中泯の笑顔、昔のおどろおどろしさとは別人です。いい人生を送ってきたのでしょうね。

本題に戻りましょう。ドキュメンタリー映画とは、記録映像で構成されて、大して面白くないもの、そう思いませんか?それが知らないうちに、こんなことになっているんだ、と気づかされた2つの映画。実写は実写、アニメはアニメ、そんな境界を軽やかに乗り越えて、新しい表現を模索し、作り上げていく人たちがいて、それは進化し続けていること、今頃やっと気づきました。映像表現はもっともっと変わっていくのでしょう。楽しみです。
(2022年3月30日 佳)










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