先日、そんな日がやってきて、たまたまインターネット見てて見つけちゃった面白そうな展覧会、「これ行こう!」と即断、暖かな春の日和にも誘われて、「ミティラー美術館コレクション展」に行ってきました。
(写真は「ヴィシュヌ神と宇宙創造」リーラー・デーヴィー)
場所は、墨田区にある「たばこと塩の博物館」、あれ渋谷じゃなかったっけ?と思ったら、5年前に移転していたのでした。押上駅やスカイツリーのそば、錦糸町からも歩いて行けるので、私たちは錦糸町から歩いていきました。横川親水公園という川沿いの遊歩道みたいな公園をのんびり歩いて20分ぐらい。いいお散歩コース。
平日なのでとっても空いてる、館内で会った人は10人に満たないくらい。全然密じゃない、コロナ禍のお出かけに最適です。その上、すっごく面白かったのでした。
ミティラー美術館展~インドコスモロジーアート・自然と共生の世界
展示されているのは、ミティラー画、ワルリー画、ゴンド画、というインドの民族絵画。それぞれ特徴的、民族の中で長い年月受け継がれてきた、素朴な、それでいて心惹かれる絵画たち、私の好きなアウトサイダーアートにも通じるところがあります。絵についているお話もとても興味深くて、キャプションも一生懸命読んじゃいました。
ミティラー画
ガンジス川とヒマラヤ山麓に挟まれて古来ミティラー王国として知られた地で、3000年にわたって母から娘へと伝承されてきた壁画や床画。
ヒンドゥー教の神々や宇宙創造・自然を、漆喰を塗ったばかりの小屋の泥壁に描き、神々を招来するために米の汁をすりつぶした白い液汁で掃き清めた大地に絵を描く。
結婚式の前には、村の女性たちが集まり、花嫁と花婿が最初の5日間を過ごす家の壁面に、コーワルと呼ばれる壁画(7つの蓮華と中央を貫く竹の周りを吉祥と豊穣のシンボルで埋め尽くす)を描く。
何千年もの間受け継がれてきた。1967年以降、女性たちの自立と独立の美術運動によって紙に描かれるようになり、ミティラー画と呼ばれて欧米で芸術性が高く評価されるようになったという。
描くのは女性のみ、女性は神にも大地にも近い存在ということでしょうか。
ミティラー画の第一人者と評されるガンガー・デーヴィーは、1982年ミティラー美術館のオープン時に来日し、その後何度か来日して描いています。1991年に没した彼女の未完の遺作が飾られていました。ミティラー画の特徴は、隙間を花や動物、鳥、幾何学敵図形で満たし空白を作らないことなので、葉っぱや鳥で満たされる予定だったのだろうと思います。未完だけど十分に素敵な絵です。
ちなみに、彼女の「上弦の月を食べる獅子」という作品が、夢枕獏さんの同名の小説を生み出すきっかけになったものだそう、夢枕氏は運命のような出会いと言っています。
現在のミティラー画の代表的作家ボーワ・デーヴィーの「月に引かれる汽車」。ミティラー美術館の館長さんが月と汽車をテーマにした作品を描いてと依頼し、よくわからないと断った彼女に、月が汽車を引っ張るのはどう?と提案し、それならわかると描いてくれたそうです。どちらも豊かな想像力をお持ちですね、思わず微笑んでしまうようなエピソードです。
ワルリー画
マハーラーシュトラ州ターネ―県に居住する人口40万人の先住民族ワルリー族による壁画。赤土の壁に米をすり潰した汁と水を混ぜた白い絵の具で描く。結婚式や祭りの際に描かれる画、こちらは、男性も女性も一緒に描くという、男女共同参画。万物をはぐくむ女神、祖先、聖霊、自然神を崇拝し、農耕と時に漁業によって暮らしている。素朴な生活が育んだ原初的な絵画。インド政府の先住民族振興策によって、現在では紙にも描かれるようになった。
シヴヤ・ソーマ・マーシェによってワルリー画の新しい流れが始まった。アルタミラの洞窟画にあるようなシンボライズされた森や鳥、神話を描きながら、儀式のためではなく芸術性の追求のためにも描く。見えない霊や人知の及ばぬ世界を描いてきた原始の人が持っていたであろう力を持ち、ワルリー族の多くの伝統と知識を持ち、ワルリー語しか話さず森に住む生活をしつつ、世界や日本にも招かれている。彼の息子たち、サダシとバルー、及びシャンタラーム・ゴルカナなど現代的センスを持つ新しいワルリー画の描き手が現れている。
ここまで書いて、ふと気が付きました。ワルリー族、シヴヤ・ソーマ・マーシェ、東ティモールと同じですね。祖先を敬い、見えない聖霊の力(ティモールではルリック)を信じ、大地や森を大切にする。アレックスが語っていたことと同じです。きっと素敵な人だったろうと思います。アボリジニ、インディアン、アイヌ…世界中の先住民族と呼ばれる人たちには、似たような神話があり、見えないものを信じ、怖れ敬う気持ちがあります。それって、人間にとってとても大事なこと、それを思い出させてくれる絵でもあります。
シャンタラーム・オルカナのカンサーリー女神(豊穣の女神)は夫のお気に入り。いつも貧しいが人のために時間を費やしたり食べ物をあげたりしているやさしい男に、カンサーリー女神がお米を施した。女神の持つ竹籠からお米が次々ト溢れていった、という絵。お米の山、一粒一粒、すごい!
新しい世代のバルー・シヴヤ・マーシェが描いた馬とパーンチシラー神は馬に乗った5人の神様が村を見回るところ。父のシヴヤの村の結婚式、儀式にまつわる様々な場面が描かれています。木も人も、ぜーんぶ違う、流石です。
ゴンド画
ゴンド族はインド最大の先住民族で人口約1300万人、デカン高原中部から北部、マディヤ・プラデーシュ州に多く住んでいる。古生代に南半球に存在したと考えられる超大陸ゴンドワナ大陸はゴンド族の森に由来する名前だと言われている。それほど古い民族ということ。もしかして、ゲド戦記でゲドの故郷ゴントの森もそれと関係あるのかな。
ゴンド画は、ジャンガル・シン・シュヤムによって始められた新しい絵画。彼はゴンド族ではなくパルダーン族でしたが、民族の枠を超え、想像力を駆使してゴンドの森に住む生き物、神々、伝説を描いて、ゴンド画の創設者となる。
チャーンディー女神は女神に見えないし、虎も虎に見えない。(チャーンディー女神はプァルワーリー女神の化身の一つ、自分への祀り画おろそかになっていると思うとこの女神のかたちをとって現れ、災難を引き起こす、人々が祈ると村の誰かに女神が乗り移るとか、よくわかりませんがこのお話も面白い)
ゴンド画は、神話や森の動植物をモチーフに連続したパターン模様と色鮮やかな色彩で描くのが特徴的です。現在は、今てきなモチーフも、シャンガルは飛行機や自転車などもかいています。なんか素敵です。
余談ですが、インドの本屋さんタラブックスに「夜の木」という美しい絵本があります。夜の間に別の姿を見せる木の物語をゴンド画の3人の画家が描いたもの。2018年に「世界を変える美しい本~インド・タラブックスの挑戦」という展覧会があって、行きたかったけど行けませんでした。
タラブックスも2人のインド人女性によって起ち上げられました。ここでも女性の力、インド、侮れませんね。
ミティラー美術館はインドにあるのかと思ったら、何と日本の新潟十日町にあります。雪深い森の廃校になった小学校に、それも40年も前からあるそうです。私立の美術館であり、数多くの作品を所有し、来日するインド人の描き手の創造の場でもあります。豊かな里山の四季も感じられるところであり、冬は雪が4メートルも積もる豪雪地帯です。
新潟と言えば、大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ、その会場もすぐ近くのよう。全然知らなかった。大地の芸術祭は3年前に行きました、その時知ってれば行ったのにね。
コロナが落ち着いたら、ぜひ訪ねてみたいと思います。
ところで、インドでは何千年に亘って受け継がれてきた民族絵画がある。日本にはなぜないのでしょうか。日本には、土器とか埴輪とかの造形文化はあります。でも絵というのはあまりありません。もっと時代が下って、絵巻物とか絵物語とかがあり、絵師と呼ばれる人が出てくるまでは、仏教絵画くらい、民衆が受け継いできたものはあまり見当たりません。壁画というのもあまりない、ごく一部、高松塚古墳とかキトラ古墳とかにあるだけ。これはなぜか、考えてみると、インドやアジアの遺跡は石の文化。それも大きい。日本では古墳と言っても、緑で覆いつくして丘のようにしてしまう。住宅は木でできていて、壁画を描くという発想がない。受け継がれる物語や神話はあるけれど、それらは口承で伝えられる。また、比較的早くから文字を持っていたことも影響しているかもしれない。アボリジニは文字を持たず、絵と音で伝承を行っていたのだそう。インドでもそうなのかもしれませんね。
そもそも神話が面白い。神々は妙に人間臭く、おおらかでいろんなものに変身する。神話や民話、その成り立ちについても、もっと調べてみたら面白いかもしれません。
常設展も覗いてみました。これが結構楽しめます。
たばこについての歴史的経緯と喫煙具の変遷、日本のタバコの移り変わり。
塩については、世界の塩田や日本の塩田、今の塩の作り方、へーそうなんだと思うことがいっぱいありました。
おまけにちゃんとした喫煙室が館内にあり、愛煙家の夫は喜び勇んでタバコ吸いに行ってました。どこに行っても、タバコ吸うところを探してウロウロしてるから、嬉しかったみたいです。
ちょっとしたカフェがあれば、言うことないんだけど。
せっかくの錦糸町で、何か食べて帰りたいところでしたが、電車が混む前にと帰路につき、このところ恒例の千葉のエキナカで、テイクアウトグルメ、黙食より家に帰っていろいろお喋りしながら夕食にしました。早くちょっと一杯飲んで帰れるようになるといいのですが…。
ミティラー美術館コレクション展は、2021年2月6日から5月16日まで、入館料100円、写真撮影OKです。
(2021年2月27日 佳)