2019年6月15日土曜日

梅しごと

梅雨に入って一週間、今日は大雨とのこと、なんだか激しいお天気続きです。

先週、つゆに入る直前に、梅しごとしました。

 

今年は庭の梅がたくさん生りました。3年ぶりの豊作です。引っ越した年はそれどころじゃなくて、次の年結構梅の実が生って、買わなくていいんだ、ラッキーと梅を漬けたのを覚えています。それから2年はほとんど穫れなくて、去年は産直のお店で買った覚えがあります。

 

ところが今年は、早いうちから、実がいっぱいなってるのを確認。もうすぐ梅雨だからなんとかしなくっちゃ、と思って、先週のお休みの時、えいやっと収穫しました。大きい脚立を立てて、実を探すと、あるある、いっぱい。

2日がかりで2本の木から梅を収穫、全部で3キロちょっと。なあんにもせずにほっといたのですから、立派な成果です。まだ小さい実は少し残して、ついでに伸びすぎた枝とか切って、こんな時期に切っちゃいけないかしら、でもこれからまだまだのびちゃいそうだから切っとこうか、なんて話しながら作業しました。

 

梅の実はざっと洗って、一晩水煮つけておきます。

梅酒と梅ジュースと、梅サワーも作ろうかなんて考えます。

 

 

次の日、今日は漬けるよ、と気合を入れて、朝から梅しごと本番。

梅は水を切ってちょっと乾かしておきます。

 

さて、ここで気が付きました。まずやらなくちゃならないのは、瓶を空けること、つまりほっぽっといた梅酒を出すこと。一番大きい瓶にはまだ梅酒が入っているので、それを出して、他の瓶に移し替えます。201665日庭と書いた梅酒でした。ものすごくきれいな梅酒になっていて、思わず味見しちゃいました。美味です。

 

空き瓶を熱湯消毒。雑用で結構時間取られます。

もっとめんどくさいのがヘタトリでした。梅の実のヘタを竹串で取り、ふきながら氷砂糖と交互に瓶に入れていきます。3種類全部やって、この際だからと、取り出した2016年の梅酒の梅をジャムにしました。午前中いっぱいかかりました。ふぅ~。でも充実感あり。

 

今まで梅酒は、ホワイトリカーの他、ブランデーとかラムとかウイスキーもいろいろやって、甘さも変えてみたりしたけど、今年はオーソドックスな梅酒にしました。梅ジュースの方は、ちょっとだけお酢を入れ、お砂糖は三種類の混合、氷砂糖と白砂糖ときび砂糖を使いました。梅サワーはお酒の代わりに全量をお酢で、りんご酢と穀物酢のブレンドに氷砂糖と白砂糖、どうなるかな。梅酒以外は12か月したら飲めるので、夏のお楽しみですね。梅酒は数年後、ちなみにまだ去年の梅酒は床下にあるし、実は引っ越しの時に抱えてきた2010年の梅酒もあります。来年まで置いとくと10年物になるからと取ってあります。今年の梅酒はいつ飲むのかなあ、なんて考えると、梅しごともロマンがありますね。

 

最近、暑い日には梅酒のソーダ割り(薄いの)をよく飲みます。爽やかで、梅酒だから体にもいいか、なんて言い訳しながら。実は梅酒はお湯割でもいけます。寒いときはお湯割で、なんだ一年中飲んでるんだと再認識。ま、いいかな。梅ジュースはお店でも出していて、好評です。梅酒もメニューには載せてるけど、アルコール飲む方はなかなかいないので、評判はなしです。

 

 

今年、梅の他にも豊作だったものが、スナップエンドウときぬさやでした。

コメリで買ってきた苗がぐんぐん伸び、私の背丈ぐらいまでもしゃもしゃ繁り、白い花が咲き、実ができる。同じような2つですが、実がぷっくりしてくるのがスナップエンドウで、平べったいまま大きくなるのがきぬさや。

 

一時期はどんどん穫れて、上映会の打ち上げの時にゆでて食べていただいたり、 知り合いにさしあげたりもしました。さすがにもう終わりましたが、2か月くらいは楽しめました。その代り、空豆が全然だめで、実はできても黒くなって終了。同じマメ科なのに、自然って不思議ですね。

 

そういえば、今年は暑いだの寒いだの言ってはいても、梅の実の収穫時期はほとんど同じ、そういうものなんだと思いました。誰かがコントロールしているのでしょうか、不思議ですねぇ。

 

最後に、519日の東京・幡ヶ谷36°5での「カンタ!ティモール」の出張上映会のご報告を少しだけ。

映画の上映が1630から。上映後のミニコンサートは19:00から。水野裕志(うちの息子です)とほりちえさんが1曲ずつ、二人ともカンタティモール2回目、映画のイメージから曲を選んで、思いのこもった歌でした。その後水野たかしが7曲、いつもより長丁場でしたが、良い企画でした。

 

この企画、店長がうちの息子で、オーナーは高円寺の時、江口さんが来てくれた上映会で昼夜続けて見ていった人だということもありますが、スタッフにカンタティモールの上映会でカレー屋さんを出店したことがある方がいて、ぜひ上映会をと言ってくれたそうです。人の縁はいろんなところでつながっているのですね。彼女の作ったゆかカレー、とても美味しかったです。

もちろん、外房での上映会と同様、炎の雫の東ティモールのコーヒーとハーブティーを飲んでいただき、CDや本などのグッズ、ティモールコーヒーの販売も。多くの方が買ってくださり、アックス募金もたくさん集まりました。ほんとうに感謝です。

 

この日は、いつもの上映会と違って、カンタティモールを見るのが初めての方がほとんど。まったく知らなかった、ショックだった、心を動かされた、なんていい映画なの、ぜひまた見たい、‥などの感想をいただきました。

ありがとうございました!(615日 佳)

 

 

2019年5月10日金曜日

上映会エトセトラ

 

大型連休の最終日、56日の「カンタ!ティモール」上映会と南風島渉さんのトーク&水野たかしミニコンサートのご報告です。

 

昨年の11月以来、半年ぶりの上映会。南風島渉さんの写真展示もあり、連休で東京から足をはこんでくれた方もありで、盛況でした。

 

映画については、過去何度か書いていますので、興味のある方は探して見てください。今回は主にトークの内容について書きます。

 

 

 南風島渉トーク

 

南風島さんにとって東ティモールとはどういう存在ですか?

世界のどこの紛争地とも違う特別な場所。他の紛争地では、勢力争いをして内部から崩壊していき目的を達成できないところがほとんど、それなのに東ティモールは大した武器も持たず、24年間の闘争を乗り切って独立を勝ち取った、悲惨な状況の中でも人々は明るく未来を見ている、これは何なんだろう、そこに何があるんだろうと思う。そこに、世界を平和にするための基本的な教え、フィロソフィーがあるのではないか。

 

ゲリラたちとの関係

「東ティモール民族解放軍のゲリラ兵士たち」の写真で

この写真の真ん中に写っているのは、当時の現地最高司令官で現首相のタウル。彼は人間味あふれる魅力的な人物。軍に見つかったら即撃たれるという状況下、月が隠れるのを待って会いに行くと、満面の笑みで迎えてくれる。「俺だったらこんなひどいところには来ない、よく来てくれた!」「戦争はこりごり、頼むから戦争を止めさせてくれ」と言う。なぜヒューマニズムを失わずにいられるのかと思った。当時、東ティモールへは、インドネシアのビザを取って行った。96年のクリスマスから97年の正月をゲリラたちと共に過ごした。もう一年生きられるといいねと言いながら、彼らはとても明るかった。

 

「かつてのゲリラキャンプ地に集まった元兵士、元地下活動家たち」の写真で

映画の中で、ゲリラ兵士たちに司令官が「生きて帰ってこい」と言うシーンがまさにこの場所。当時は蔦草が生えて秘密基地のようだった。すぐ下の道路を軍のトラックが通る。そこに潜んでいる、ゲリラたちを支えたのは市民。

 

東ティモールには二度と行くまいと思った93

93年に隠された紛争地で、世界が驚くようなすごい写真を撮って、有名なジャーナリストになってやると意気込んで行った東ティモールだったが、インドネシアの監視が常に付き、何も取材できない。その時知り合った若者の実家で撮ったのが「伝統的な家屋で繕い物をする少女」の写真。(*美しい写真と評判)その時はもう二度と行くまいと思っていた。ところが帰り際に「次はいつ来てくれる?」と言われ、もう1回だけ、を続けた。

 

日本こそが大事

当時先進国の中で唯一インドネシア支持を続けていた日本、日本がインドネシアを支え続ける限り東ティモール問題は終わらない。それをティモールの人も世界も知っていた。だからこそ「日本の人にぜひ知ってほしい、日本こそが大事なんだ」と。軍に見つかったら国外退去となるだけの外国人、でも一緒にいた東ティモール人は殺される、それでも「今度来るときまで生きているかわからないけどまた来て」と言われて、もう1回だけを繰り返した。

 

歴史が動き出す

93年頃までの20年間、東ティモールのことは誰も知らなった。インドネシアによって見えないように隠されていた。日本を含めて各国の国会議員団の視察もあったが、インドネシアによって完全に情報はコントロールされていた。日本の外務省は東ティモールをインドネシア領であるとしていて、ポルトガル領だと書くと外務省から圧力がかった。

(*実際は東ティモールはポルトガル領で、インドネシアが違法に侵略していたのだが。今でも旧インドネシア領とする間違いがよく見られる。独立の時に監督の広田奈津子さんと同行したテレビクルーが独立の過程を描いた番組を作ったが、放送は1度だけ、ディレクターは地方へ飛ばされそれ以降の放送はなかった、今でいうそんたくか)

 

96年のノーベル平和賞をきっかけに歴史が動き出す。

国連軍が入り、外国人ジャーナリストが多数入り、各国から住民投票監視団が入った99年。98%の投票率で独立が決まった。東ティモールに通いだしてから78年、始めは鉄砲の弾もないようなゲリラに独立ができるのかと半信半疑だった。しかし彼らは、間違ったことはしていない、未来は開けるはずと信じ続けた。絶望の中で希望を捨てずに未来を切り開いた彼らに、ぐうの音も出ない。

 

暗黒の9

独立が決まった直後、インドネシア軍が暴れだす。焼き討ち、虐殺。国連も外国人ジャーナリストも国外へ逃げ、命がけで投票した東ティモール人だけが残された。その間、軍はやりたい放題、結局東ティモールの9割が焼かれた。「まだ死ぬのか、まだ苦しむのか」とシャナナ。

 

日本は変わっていないのか

インドネシアはスハルト大統領がいなくなり、少しずつ民主化へ向かっている。

では日本は?75年から8年間、国連決議に反対してインドネシアについた日本、当時はごく一部の人しかその情報を知らなかった。今はインターネットの普及もあり、おおっぴらにできなくなっている。でも大きな構図は変わらない。日本人が、より豊かに、より安いものを、より簡単に手に入れるために、政府や企業が動き、安い資源を手に入れようとする。原発が止まってもライフスタイルは変わらない。では資源はどこから持ってくるのか、資源国へ圧力をかける、するとその国では地元住民が武力で追い出されることになる。

 

「スラウェシ」の写真で

天然ガスと石油の問題、地元の住民を追い出し、日本の援助で石油プラントを作って安いガスを日本へ送ろうとしている。(*今回の写真展開催はこの写真がきっかけ)

 

平成は平和な時代だったのか

元号が代わって、平成は戦争のない時代だったというけれど、本当にそうだろうか。たしかに日本人が直接手を下して人を殺すような戦争はなかった。だが、僕らのお金が、僕らの政府の国際的な発言が、資源国や弱い立場の人を痛めつけて、そこから利益を吸い上げている、これははたして戦争とは言わないのか。東ティモール、アチェ、パプア、スラウェシ、ミヤンマー、各地で行われている紛争。日本の暮らしを支えるための代理戦争ではないか。それを知らずに、平成は平和だったというのはあまりに身勝手ではないか。

 

独立後の東ティモール

独立後17年。首都ディリはビルが建ち、ショッピングモールもできた。道路も整備された。通貨はドル。外貨の獲得は石油、一般市民レベルで細々とコーヒー、それ以外には資本主義で闘えるような産業がない。経済は石油に依存。それを長いスパンで大切に使おうとする勢力と、インフラ整備の要望に応えてお金を使いたい勢力とのせめぎあいの状態。自分たちの都合のいいように国を作らせたい世界の資本主義国に対して、それじゃダメだと抵抗し、彼らの価値感をもとにそれを守ろうとする人たちがいる。

一例をあげる。独立後、水牛で田んぼを耕す人たちに世界中からトラクターが贈られた。それに対して、これを使ったら、燃料や部品を買わなければならなくなり、お金がなければ農業ができなくなる、やめようと言ってそれを止めた人たちがいる。それが東ティモール人のすごいところだと思う。

 

 

(話は尽きませんが、ここらで…)

この後、水野たかしのミニコンサート。

水野の歌について、いつもは書かないし、セットリストを出すこともないけど、今回は少し書いてみます。なぜかというと、歌われた曲はみな「カンタ!ティモール」に通底するものだから。

 

1曲目 “SHAREwe share the sky, we share the sea, we share the world, we share this earth」私達はこの地球を分かち合っているのです。

アレックスとレオのおしゃべりに「そんなんじゃこの地球はもたない」というのがありましたね。

 

2曲目 “Alex「戦いの地に生まれ、戦うしかなかった~闘う術は歌だった」2017119日に旅立ったアレックスに捧げると同時に、「残されたものは歌を継ぐ」アレックスの想いを受け継ぎ、歌い続ける人たちに捧げます。

 

3曲目 “願い”「流れる水に空に大地に、そこにもここにも神は宿る」「私が私でありますように、あなたがあなたでありますように」一番新しい歌です。

 

4曲目 “Moris Foun 映画の中盤でアレックスが歌っている曲に、原詞の意味を踏まえて日本語の詞を付けました。水野は前からこの曲を歌いたいと思っていましたが、アレックスの死後、南風島さんに背中を押されて、追悼会に間に合いました。まるでアレックスが降りて来て作らせてくれたようでした。

 

5曲目“ヘイ!マルシーラ” 言わずと知れたカンタティモールのテーマ曲。いろんな人が歌っていますが、サビを入れたバージョンを作りたかったのです。サウンドトラックの歌詞カードで元の詞をにらみつつ、できるだけ意味は近いようにと日本語を考えました。

カンタティモールの上映会では、いつも、この歌を最後にみんなで歌っています。

(ちなみに、今日のすべての曲の歌詞は私が書きました。)

 

ちょっと長丁場になってしまいましたが、56日の上映会は無事に終了しました。

この後、6人の方が残って、南風島さんを囲んでいろいろ話しました。アジアの紛争地の情勢、平和のこと、農業のこと、多彩な話題で盛り上がりました。とてもとても有意義な時間を過ごすことができました。

来てくださった皆さん、南風島さん、ありがとうございました!

 

[カンタ!ティモール」の上映会はご希望があればいつでも開催します。

どうぞお声をかけて下さい。(2019510日 佳)

 

2019年4月30日火曜日

静かな焔


藤の花が満開です。

 

10連休の初日427日(土)の午後、ポエトリーリーディングのイベント「静かな焔」が行われました。炎の雫では初の試み、どうなるのかしらと思いつつ、とても楽しみにしていました。そのご報告を。

 

4月も終わりだというのにうすら寒い日でした。この日の出演者は5人、すべて千葉に縁ある方達。一度に詩人5人に会うなんて初めてです。

ポエトリーリーディング、つまり詩の朗読です。いろんなやり方があるみたいですが、今回は音とかつけずに肉声のみでやっていただきました。一人の持ち時間は20分、主催者の川方さんが次の出演者を紹介しつつ進行していきます。

 

 

トップバッターは田上友也さん。

 

一ノ宮町東浪見出身の23歳。アメリカ詩を学び、詩を書き始めたそうです。

 

若いから現代詩っぽいのかなと思いましたが、ギンズバーグの名前が出たりして、意外にも(失礼)正統派なんだなと。

 

身近なことを難しい言葉を使わずに語る、その朴訥な姿勢に好感を持ちました。見た目はなかなか豪快そうな風貌ですが、実際は繊細で素直な青年なのでしょう。そのギャップも魅力的でした。

もしかすると彼みたいな人が「詩」を受け継いでいくのかなと感じました。

 

 

 

二番目は岬多可子さん。

 

こちらはベテラン、大原の生まれ。現代詩の賞を取った経験もあり、詩集を5冊も出している方です。

 

少し声は小さかったけど、耳をすませて聞くとさすがの言葉が並んでいます。炎の雫だからと、火と水の出てくる詩を読んでくださったりもして、嬉しかったです。

 

楚々として淡々と読むその姿が、とても素敵でした。

 

彼女が作っている掌詩集をいただきました。

この方は本物の詩人だ、と思いました。装丁も美しく、翌日それを読んでみると素晴らしくて、ああ、この方は本物の詩人だ、と思いました。

 

201516193冊の詩集、今に近づくにつれて言葉がシンプルになっています。でも古い頃のたくさんの言葉を駆使してるものもいいな、若い頃私の周りには、いかにいろんな言葉を使うかを考え続けている人たちがいて、(彼らは演劇人でしたが)そんなことを思い出しました。岬さんの詩集、欲しいなあと思っています。

 

三番目はマヤコ蝶々さん。

 

普段は歌とアコーディオンだそうですが、この日は自作の小説を朗読してくれました。

 

まっ白なドレスに身を包み、髪には白い花飾り。手に持つ原稿も白。

1枚読み終わる度に、紙をはらりと床に落とす、その刹那ドキッとさせられます。計算されつくされた美。前の二人とはまったく違った異世界が顔をのぞかせる。

小説の内容も然り、小人が誘う異界への旅。

一昔前、アングラ芝居でよく目にし耳にした光景。 

こちらは私にとっては懐かしい世界でした。

 

 

 

四番目は大島健夫さん。

 

千葉市生まれ、ポエトリースラムジャパン優勝、ワルドカップ出場等、外国での朗読経験多数。

 

実は、川方さんからこのイベントのお話をいただい時、大島さんのユーチューブの映像を見せてもらい、それが面白くてイベント開催することになったという経緯があります。

 

さすがのパフォーマンスでした。

表現者として超一流、声の大小、強弱、話すテンポ、ニュアンス、言葉を縦横無人に操って、確実に観客に伝えていきます。

 

言葉だけでこれができるのはすごい!芝居をかじった身としてはうらやましい限りです。

 

ただ、今回のラインナップ「うなぎ」「千葉で生まれた」など、落語的なものが多くて、心にしっかり残るには今一つだったのが残念でした。ユーチューブで見た「ハムを買ってください」みたいに、ノリのいい世界のその先にちらっと社会風刺や何かの主張が見えるみたいだともっと良かったのですが…。

 

他にどんな演目があるんだろう、また見てみたい、と思いました。

 

 

トリは主催者の川方祥大さん。

 

彼には何度かお会いしていますが、そのパフォーマンスを見るのは初めて。大島健夫さんと出会ってポエトリーリーディングの世界にやってきたと語るように、大島さんの影響を受けているのがわかります。

 

御宿、勝浦、夷隅、岬、自分が生まれ育った地への想いを、てらいなく、まっすぐに語っていきます。

ローカルな話題を交え、時に笑いを誘いながら、日常の中で普通に使っている言葉で、そこに自分の想いをのせて いきます。

いい感じです。

 

民宿を営んでいたお祖父さんとの思い出を詩にした「御宿を忘れるな」、繰り返される御宿を忘れるなと言うフレーズが心に残りました。

 

5人5様、かなり個性的な5人の詩人、あっという間の2時間弱。一人20分でしたが、それぞれがその20分を自分の世界に変えて、濃密な空間を紡ぎだしてくれました。5人の詩人の方に感謝します。

 

終了後、出演者と残ったお客様の会話。「大会ってどうやるの?」「外国ではどうするの?」などの質問に大島さんが答えて「11の対戦、観客から選ばれた審査員が旗を揚げる。自国語でOK、頭の上に字幕が出る」「衣装や小道具は一切禁止、前に裸でやりを持ってきた人がいて議論になったがこれが自分の民族の普通の姿だと主張して認められた」などと話してくれて、それを聞きながら、いいイベントだったなあとしみじみ感じました。 

 

今まで全く関わりなかった世界ですが、これを機に断然興味が沸いたポエトリーリーディング。

またの機会を楽しみにしたいと思います。

 

 

 

さて、連休の始まりは「静かな焔」でしたが、連休の終わりは「カンタ!ティモール」です。

すでにお伝えしているように、56日、上映開始は1330、南風島渉トークト水野たかしミニコンサート付きです。

限定15人、要予約。まだ少しお席に余裕があります。

 

ご連絡をお待ちしています。(430日 佳)

2019年4月5日金曜日

南風島渉写真展&お花見

先週と今週、お店の休みの日を使って、南風島渉さんの東ティモールの写真展の準備をして、ほぼできたので、満を持して。

写真展開催中” です!!

 

 

ひょんなことからお預かりすることになった写真ですが、送られてきた写真を見て、これはちゃんと飾らねば、と気持ちを引き締めて、準備に取り掛かりました。

 

まずはどこに貼るかのディスカッションから。

炎の雫は、ほぼ2面は窓でガラス張り、カウンターの後は食器棚と冷蔵庫、飾れるところは限られていますので、ここしかないと、入って左側の壁の上の方とレコード棚の周りに飾ることに。

次はどうやって貼るか、これが難問。何かフレームに入れる?と思ったのですが、写真の大きさが一般のポスターよりも微妙に大きい。自分で作る?なんて案もありましたが、南風島さんご本人に問い合わせてみると、あっさりと「そのまま貼っていいですよ」とのこと。去年の夏に写真展をやった多摩のカフェでもそのまま貼ったと聞いて、気が楽になりました。

 

と言っても、木の壁で多少の凸凹があるので、板みたいなものを壁に付けてそれに貼ることにしました。

 

コメリに材料を買いに行くと、何と棚卸でお休み。仕方ないから、まずはもともと壁にかけてあった額の移動をしました。考えてみれば、3年半前に設定してずっとそのままだったので、期せずしての模様替え。もとからあった版画(古い知り合いの星野修三という版画家の作品)はエントランスの壁に移動。そっちに前からあった木幡東介(高円寺で出会ったパンク系ミュージシャン、アート作品も手掛ける、炎の雫にあるのは彼の切り絵の犬)と同居することになりました。これが意外といい感じ、なんかアートな空間になりました。レコード棚の上にあった、神吉絵(カンキカイ・詩人でミュージシャンでアーティストでもある、炎の雫の看板やロゴマークを作ってくれた人です)の小さな油絵2点もちょっとお引越ししました。

 

 

次の日、改めてコメリで材料を買って来て、まずはプレートの設置。間隔が決まればこれはサクサクと。うちの夫はもと大道具屋さんだったので、この辺はお手のもの。しかし、どの写真をどこにするか、これを決めるのが大変。結局決め手は色合いかな、暗めのものの隣は明るい色で、みたいに決めていきました。先週の作業はここまで。

 

今週は細かいことを。南風島さんからメールで送られてきた写真のキャプション(タイトルとか簡単な説明とか)をどうするか。写真の位置が高いので、近くによって見るのは無理がある、大きな字じゃないと読めないけど場所とっちゃうし。ということで夫と議論の末、タイトルっぽいところだけを貼って、あとは手元で見られるような形にしようということに。タイトルの大きさも位置も、なかなか意見が合わなくて…まあ、私たち夫婦はいつもこんなもんですが。

 

南風島さんの写真展に寄せての文章「ルリックの森の言伝」も、私は掲示したい、夫はごちゃごちゃするんじゃないかと言うし…。でも、よく展覧会ってご挨拶みたいの貼ってあるよね、と押し切って、いろいろあってやっと展示は出来上がりました。

 

さらに、せっかくだからチラシを作ろうと思い立ち、「カンタ!ティモール」の上映会も設定したので、両方を載せたチラシを作ります。展示した写真の1枚を使わせていただくことにして、南風島さんとやり取りする中で、56日の上映会の時に、炎の雫に来て、お話をして下さることになりました。

ものすご~~く 楽しみです。

 

ポスター大の大きさの写真を7点(東ティモールの写真19932016年が6点と、スラウェシの写真が1点)展示したのに、なんだか馴染んでしまって、違和感がありません。前からここにあったみたいな気がします。そう思うのは私だけでしょうか。

 

 

どれもこれも素敵な写真です。ぜひ見に来てください!

 

展示作業の合間に、お花見に行ってきました。

今年は大多喜へ。4回目の春にして、初めていすみ鉄道。観光案内所で、大多喜高校の中を通ってお城の裏に出る道を教えていただき、そこを上りました。いい感じの道です。桜がきれいだから帰りは表通りをと言われたのでそのようにしました。ジャストのタイミング、ほんとにきれいでした。公園に桜がいっぱいあるのもいいけど、他の木の緑や濃いピンク(いわつつじと言うらしい)の間に淡い桜と言うのもいいですね。町を散策し、最中とお酒買って、帰りは国吉からコミュニティバスに乗って帰ってきました。うららかでのどかなお花見でした。(45日 佳)

 

 

改めて

南風島渉・写真展 開催中です。

 

56日「カンタ!ティモール」上映会に南風島渉さん来店します。ぜひお越しください!

2019年3月23日土曜日

春はいろいろ動き出す

 

春ですねぇ。桜も咲きました。ウキウキする季節です。

今年のお花見は3月中でしょうか?今年はどこへ行こうかな。

 

さて、春は花も咲くし、鳥も鳴くし、虫も動き出す。

田んぼのあぜ道を歩いていたら、つくしがにょきにょきと顔を出していました。

我が家の庭も花盛り、

黄色はレンギョウ、その他に、水菜も白菜も春菊も黄色い花を咲かせています。ぼけの桃色、木蓮の白、そういえばスナップエンドウの花も白、大好きな野菜なのですが、収穫できるといいなあ。

 

鳥たちは朝早くからちゅんちゅん言ってます。鶯も鳴いてます。

蛙の声もし始めました。小さな羽虫はいたるところを飛んで、時に塊となってたりします。(これをうちの子たちは頭虫と呼んでました。ちょうど子供の頭の高さぐらいにかたまっているから?)

そろそろ虫との戦いの日々が始まります。

 

人間、だって、いろいろ動き始めます。

そのせいでしょうか、このところいろんなお話が舞い込んで。

 

一つは、新たな試み、ポエトリーリーディングのイベントです。

去年の暮、一人の若者がふらっと炎の雫を訪れました。今は千葉に住んでるけど勝浦出身で、ときどき電車から見てここは何だろうと思っていたとか。マイナーな音楽の話で盛り上がりました。(実は私、ある時期の、相当マイナーな日本のバンドとかに詳しいのです。東京ロッカーズとかスターリンとかじゃがたらとか知ってます?)その前にもマイナー好きのカップルが来たりしたので、え?続けてこんなの珍しい~と思いました。帰り際に、自分は詩人で音楽家で西千葉でイベントをやっていると言いました。

 

その彼が、外房で詩のイベントをやりたいと連絡をくれました。

いろいろやり取りしてやってみましょう!ということになりました。

427日の土曜日の午後です。5人の詩人が来てポエトリーリーディング(朗読)をしてくれます。みな外房ゆかりの方。中にはポエトリースラムジャパンの優勝者で日本代表でW杯に行ったなんて方もいます。

とっても楽しみ!

 

もう一つは、南風島渉さんの東ティモールの写真展示。独立前の東ティモールに潜入取材し、本(「いつかロロサエの森で」)を書き、映画カンタティモールにも登場する南風島さん。一昨年の秋、炎の雫の上映会にも来てトークをしてくれました。

 

彼の撮った写真を7点展示します。とても美しくて素敵な写真ばかりです。昨年、東京のとあるカフェで展示されたもので、2月にたまたまうちの夫のライブでお会いした時に、「写真送ってもいい?」と聞かれて「どうぞどうぞ、飾りますよ」なんて軽く答えたら、ポスター大の写真が送られてきました。正直こんなに大きくてきれいな写真が送られてくるとは思わなかったので、どうしようと思いましたが、これはちゃんと飾らなくちゃ、ということになりました。

 

4月から展示する予定です。

 

 

せっかくだから「カンタ!ティモール」の上映会も企画しました。こちらは56日、連休の最終日の午後に予定しています。写真はスクリーンで隠れちゃうものもあるかと思いますが、映画終了後は速やかにスクリーンを外して写真が見られるようにしようと思います。もちろんいつも展示しておくつもりなので、上映会の時じゃなくても見ていただけます。

カンタティモールを観た方も、まだ観てない方も、ぜひ写真を見に来てください。

 

(イベントについては、お知らせ欄をご覧ください。)

 

 

 

さてもう一つ、一昨日終了しましたが、貸し切りイベントのお話。

 

私たちが大好きでよく行く睦沢のパン屋さん・ときわぎ工舎の皆さんの年度末レクリエーションの中で、お食事会の後のDVD鑑賞とおやつタイムのお話をいただきました。障害を持ちながら働いている方達とそれをサポートするスタッフの方達、総勢31人でした。30人を超えると聞いて、できるかなと思いましたが、やってみよう! と。家中の椅子をかき集め、大きいテーブルは奥の部屋へ出し、何とかなりました。

ダウン症のドラマーを追ったドキュメンタリー映画を上映。暗いところがダメな人もいて、入り口のところのカーテンは開けたままの上映でしたが、76分もの間、騒いだり立ち歩いたりする人もなく、静かにちゃんと見てくれて感激でした。おやつタイムは、事前にドリンクの注文を伝えてくださっていたので、スムーズに。一口スイーツ(この日は、抹茶マーブルとサツマイモとチョコチップパウンドの3種作りました)にジュースやコーヒーを楽しんで、みんなで記念撮影をして、笑顔で帰っていきました。本当によかった!!お店をやっていることの喜びを感じさせてくれた、とってもいい一日だったと思います。

 

こんなプライベート上映会とか貸し切りのお話もご相談にのりますので、お尋ねください。

  

話は飛びますが、夏に向けてのお店の動き。

 

 

 アイスコーヒーの季節が間もなくやってきます。連休の頃から、暑い日はアイスコーヒーが出たりします。去年の夏は暑くて、カフェではほとんどアイスだったかな。アイスコーヒーは松屋式ドリップと水出しの2本立てでした。どっちも捨てがたい、なんて去年ブログに書いたような…。

 

 

先日、イワキの“ウォータードリップコーヒーサーバー”というのを入手しました。水出しなのですが、要点は水を滴下すること。水が一滴ずつ、ポタポタと落ちていくようになっています。コーヒーの粉に熱や衝撃が加わらないことによって、脂肪分が溶け出さず渋みが少ない、なおかつ酸化しにくくクリアな味が長く保てる、と書いてあります。業務用ではなく家庭用なので、2時間で440mlですが、保存性があるなら使えるかも。

 

早速試してみました。うん、結構いいみたい。まだ数回しかやってないけど、いろいろ試して、ふつうの水出しや松屋式と飲み比べたりしてみましょう。

それと、説明書にコーヒーのカクテルが数種類のってて、これやってみたいとおもっています。アイリッシュコーヒーとかカフェサンライズとかね。点滴コーヒーに乞うご期待。

 

最後に

412日(金)1900~、半年に一度の恒例となった「寺田町・ワンマンライブ」があります。

前回昼間のライブでしたが、やっぱり寺田町には夜が似合います。じっくり、どっぷり、寺田町の世界に浸ってください。

 

炎の雫としても、めったにない夜の営業、コーヒーカクテルなんか飲みながら、生の唄を聞く、なんて贅沢なひと時はいかがですか?お待ちしています。(323日 佳)


ご近所グルメと商品券

  暑いですね。今年も、暑くてカフェはお休みにしました。 暑くても、おいしいものは食べたい、ちゃんと食べて頑張らなくちゃ、って思いますよね。 7月24日からカフェを夏休みにしたので、ふらっとご飯食べに行くこともできます。遠くに行くのは大変だけど、ご近所でちょっとなら。 というわけ...