6月のとある平日、六本木にある森美術館で開催中の「ロン・ミュエク展」に行ってきました。リアルとファンタジーの同居、現実的なのに非現実的、何だろうこれ、おもしろい!
刺激的な体験でした。
ロン・ミュエクを知っていますか?
1958年オーストラリアのメルボルン生まれ。お父さんが画家、お母さんが人形職人で、子供のころから人形作りの手伝いをしていたそうです。映画・広告業界でモデルビルダーとして20年ほど働いた後、1996年にロンドンのギャラリーで現代美術の彫刻家としてデビュー。シリコンやファイバーグラスなどの現代的素材を駆使し、人間の皮膚の質感や毛穴、髪の毛まで緻密に再現します。
この写真は、スタジオでの制作風景を記録したゴーディエ・ドゥブロントによるビデオ「チキン/マン」の一場面。(森美術館のロン・ミュエク展HP より)
ロン・ミュエクとの出会いは、1年ほど前、十和田市現代美術館の「スタンディング・ウーマン」でした。美術館で最初の部屋、そこに立っているでっかいおばさん。あまりに大きくて妙にリアル、不思議な空間でした。彼女を見上げながら、いろんな気持ちが湧いてくる、ふと気がつくと結構時間がたっていました。
ミュエクの特徴の一つ、作品のサイズについて。
実際よりもはるかに大きい、あるいは極端に、または微妙に小さいサイズで制作する、そのことで人間の孤独や脆さ、人間の存在そのものついての問いを鑑賞者に投げかけていると言われています。
ミュエクは、1997年に死んだ父親を再現した「デッド・ダッド」で一躍有名になりました。
この作品は2/ 3スケールでものすごく緻密に作られたそうです。
十和田のスタンディングウーマンは高さ4mの巨大サイズです。
(写真は十和田市現代美術館の「スタンディングウーマン」(2007年)と私、昨年5月に撮影したもの)
ミュエクは寡作で知られていて、一つの作品に数か月から時には数年かけて、基本的には一人で(必要に応じてスタッフの手を借りて)制作しています。
30年ほどで作った作品は49、そのうち今回の展示会では11作品を見ることができます。
すべて撮影OK、私が撮った写真でご紹介します。
今回の展覧会で最初の部屋にあるのが「枝を持つ女」(2009年)。日本初公開。
裸の女性がたくさんの枝の束を抱えています。枝が地面につかないように体を反らせて、腕にはひっかき傷がある、どういう状況? 彼女は実際より少し小さめのスケール。どこかおとぎ話を思わせる光景ながら答えは与えられていません。
「鑑賞者それぞれが物語を紡ぐように誘うのです。」(森美術館のミュエク展HPより)
次の部屋にはベッドに寝ているとても巨大な女性。「イン・ベッド」(2005年)。
幅4m、長さ6.5m、後ろに写っているお客さんを見ると、その大きさがわかりますね。普通サイズの人間はここでは小人です。ガリバー旅行記の巨人の国に紛れ込んじゃった気分。ベッドの女性の表情は、何か物思いにふけっているようで、安らぎとかリラックスとかではない。何考えているんだろうと、あれこれ想像してしまいます。
ミュエクの制作風景を記録した写真のスペースには、ゴーディエ・ドゥブロンドによるスタジオでの制作風景の写真が展示されています。
「ロン・ミュエクのスタジオ、ロンドン、2005ー2013」と「ロン・ミュエクのスタジオ、ベントナー、2019ー2023」。各8点ずつ。
どの写真もとても素敵。
制作現場がすでにアートです。
展覧会の最後のところには、ドゥブロンドの撮ったビデオを鑑賞する部屋があって、そちらもとても興味深くて目が離せず、1時間ほどある映像を全部見ちゃいました。制作スタジオはスタッフの方がいてもとても静か、心地よい緊張感とリラックスした雰囲気が同時に存在する感じ。ずっと見ていたいと思いました。
「エンジェル」(1997年)。日本初公開。初期の代表作。
ふつうの人間よりは小さいサイズで作られています。その表情には陰りがあって、およそ天使のイメージからは遠い。落ち込んでる天使、諦めの天使、覇気のない天使、そんな言葉が浮かびます。
何を考え、何を諦めたんだろう、と想像が膨らみます。
この作品は外光を遮るスクリーンを下ろした部屋で展示されていますが、夜間はスクリーンを上げて東京の夜景を天使が眺めているようになるように置かれています。夜の東京を見てる天使を観たら、また違う顔が見られるかもしれませんね。
「ダーク・プレイス」(2018年)日本初公開。
真っ黒な入り口(ドア?)に近づくと、大きな男の人が浮かび上がっています。その顔はとてもリアルで苦悩に満ちているような、怖いような‥しばらく見ていると、こちらの心のうちがすべて見通されている気がしてきて、彼の顔が哲学的に見えてきて…。
鑑賞者は正面に立って覗き込むことしかできない。
あるアーティストは「闇そのものが作品の一部。」といっています。
ものすごーくインパクトのある作品です。
「チキン/マン」(2019年)日本初公開。
テーブルに向って座る下着姿の老人。テーブルの上に居る鶏と対峙しています。その間には半端ない緊張感が漂っていて、一体どうしたの?って思って釘付けになってしまいます。謎に満ちた一場面、まるでお話の中の1シーンみたい、続きが読みたくなります。
この老人はかなり小さなサイズです。(冒頭のビデオの写真でミュエクが抱いてるのがこの老人、そんな大きさです。)
私、なぜかこの作品の空気感に魅せられてしまいました。
「マスク」(2002年)
眠っている自分の顔を約4倍の大きさで表現。眉毛とか髭の毛、髭剃りあとの毛穴、目の周りや唇の皺、鼻のテカリ、とてつもなく細密。開きかけた唇がまさに眠っているみたい。ですがこの作品、正面だけのいわばお面です。後ろ側に回ると何もなくて、お面の裏側状態。
「この作品はミュエクの作品の特徴である現実と非現実の絶妙なバランスを見せる典型的な作品といえるでしょう。」(森美術館ミュエク展HPより)
「マス」(2016-2017年)日本初公開。会場に合わせて構成されたインスタレーション。
1つとして同じものがない100個の骸骨を、ミュエク自身が森美術館の会場の空間に合わせて構成しました。メルボルン、パリ、ミラノ、ソウルに次ぐ展示です。
マスは山のように積み重なったもの、大量のものや集団を表します。
頭蓋骨は1つ1つ全部異なっていて、だから個々人の集団と捉えられます。
また、頭蓋骨といえば「メメント・モリ」、死を忘れるな、この思想は西洋美術の中で繰り返し登場し、芸術・思想のみならず各ジャンルへ拡大しています。(ゲームにもあるしね。)
観客は頭蓋骨の山の中を歩き回りながら考えることになります。たくさんの骸骨、たくさんの死、死んだってどういうことか、死の尊厳とは? ならば生の尊厳とは?挙句の果てに、人間って何だろうと考えます。思いは尽きない。
「人間の頭骸骨は多義的な物体である。私たちがすぐにそれとわかる、力強く鮮烈なアイコン。見慣れたものでありながら奇異でもあり、私たちは拒絶しつつも、同時に魅きつけられる。無視することはできず、無意識のうちに私たちは注意を向けてしまうのである。~ロン・ミュエク」(森美術館 ロン・ミュエク展HPより)
「買い物中の女」(2013年)日本初公開。
この人もまた影がある、疲れてる、実際の赤ちゃんの重さと両手に下げた買い物の重さ、それ以上のものを抱えて必死そうです。
これはミュエクがロンドンのスタジオ近くで車の中から見た光景。信号待ちをする彼女を見て、駐車券の裏にスケッチしたものを基に作られた作品。彼女は普通の人間より小さいサイズです。
ロン・ミュエクの作品に明るい表情の人物はいません。みんな何かしら抱えていて思うところがありそう、だからこそ見る人の中にいろんな感情を巻き起こす契機となり、それぞれが自分の内側へ目を向けざるを得なくなる、だから面白い。
共通するのはとてつもなくリアルに作られていること。普通リアルなものって、写実絵画とか人形とか、何だか怖いじゃないですか。でもミュエクのリアルは怖くない。現実とファンタジーの境目が曖昧になって、それが心地よくて、魅力的。
とても不思議なこの感覚、ぜひ体験してみてください。
「ロン・ミュエク展」は、東京・六本木の森美術館で9月23日までです。(6月29日 水野佳)










