「みみをすます」
私にとっての谷川俊太郎の原点のような本です。1982年出版の朗読のための長編詩。6篇の詩が収録されていて、今なおロングセラーを続けています。若いころ演劇に関わった私は、声に出して何度となく読みました。
『みみをすます きのうのあまだれに みみをすます みみをすます いつから つづいてきたともしれぬ ひとびとの あしおとに みみをすます…』で始まるこの詩、途中に1か所だけ()に入れられた部分があって、ドキッとさせられます。
『(ひとつのおとに ひとつのこえに みみをすますことが もうひとつのおとに もうひとつのこえに みみをふさぐことに ならないように)』そしてそのすこし後に続くのは『みみをすます せんねんまえのいのりに みみをすます…』
私の中に鮮烈な印象が残りました。
昨年、2024年11月13日、詩人の谷川俊太郎さんが亡くなりました。92歳。老衰で。
カフェ炎の雫に昨年から設置したささやかなブックスペースに、私が持っている谷川俊太郎の本たちを並べています。年末から第1弾、3月に入って第2弾。詩集や詩画集、絵本、翻訳‥など。一体どれくらいあるんだろうと思うほどの膨大な仕事をしています。大学にも行ってないし、手に職もないので、来る仕事でできるものはなんでも受けたのだそうです。
私は谷川さんが好きで、折に触れて気になる本を買い集めていたのですが、今回並べてみて、こんなに持ってたんだ、と改めて思いました。
谷川俊太郎は1931年(昭和6年)東京都杉並区に生れました。父は哲学者で法政大学総長、母は衆議院議長の娘。1952年21歳の時、詩集「20億光年の孤独」でデビュー。父の友人であった詩人の三好達治に創作ノートを見せたのがきっかけでした。それ以降、詩作のみならず、歌の作詞、脚本やエッセイ、評論活動も行いながら絵本も作り翻訳も手掛けて、まさに現役で活躍し続けた人生でした。
(鉄腕アトムの歌が谷川俊太郎の詩だって知ってましたか?)
自身は3度の結婚をしています。1度目は詩人の岸田襟子さんと、これは1年ほど。2度目は女優だった大久保知子さんと、これは30年以上の期間に及び、お子さん(谷川憲作)も生まれました。後年、憲作さんは音楽家となり、俊太郎さんの詩との共演活動を行っています。3度目の結婚は1990年に絵本作家の佐野洋子さんと。あの有名な「100万回生きたねこ」の作者です。結婚生活は6年ほどで解消されましたが、佐野洋子さんの息子広瀬玄さんと谷川さんの交流は離婚後も続きました。というか谷川さんの言葉と広瀬さんの絵で出てる本が何冊も有ります。
恋多き人生、自分に正直だったのでしょう。それに選ぶ相手がさもありなんという方ばかり、やっぱりちがいますね。
詩以外の谷川俊太郎さんの仕事でまず浮かぶのは「PEANUTS」の翻訳。1969年から2020年まで、50年も。本人はあまり好きではなかったけど、他人の訳を見ると腹立たしくなったり、紆余曲折しながら続けたそうです。
マザーグースの翻訳も手掛けました。わかりやすくて、リズミカル、いかにも訳しましたって感じは全然ない。他の人の翻訳と読み比べてみてもおもしろいです。
マザーグースから生まれた「ゆくゆくあるいてゆくとちゅう」という絵本があります。エチエンヌ‣ドゥルセール作、谷川俊太郎訳、1989年。不思議な本です。
ジョン・バーニンガム作「ALDO わたしだけのひみつのともだち」も人には見えないともだちとの不思議な関係を描いた絵本。1991年。短いことばはおてのもの。
レオ・レオニ「スイミー 小さなかしこいさかなのはなし」1963年、日本では1969年に谷川俊太郎訳で出版。ロングセラーです。小学校の教科書にも載っています。
ひとりだけ黑いスイミーはおそろしいまぐろに仲間を食べられてひとりぼっち。でも素敵な生き物たちに出会って元気を取り戻し、小さな赤い魚たちが大きな魚のふりをして泳ぐことを考えつき、自分はその中の目になって、おおきなさかなを追い払うことに成功します。
集団は苦手という谷川さんは、みんなで力を合わせて大きなさかなを追い出すことに感情移入はしないけれど、スイミーが目になるというアイデアがおもしろいと言っています。
レオ・レオニの絵本でもう一つ、「フレデリック~ちょっとかわったねずみのはなし」。フレデリックは寒く暗い冬の日のために、おひさまのひかり、いろ、そしてことばを集めます。冬になってそれがどう役に立ったか、読んでみてください。
谷川さんがレオ・レオニの絵本を翻訳するとき、一番大切にしたのが視覚的な美しさ、レイアウトを損なわないように心掛けたそうです。
「ことば」なのに「絵」が優先、ちょっとびっくりします。
谷川さんは小さな子供向けの本から大人のための絵本と言ってもいいような本まで、多彩な絵本を翻訳しています。大人向けなら、例えば「悲しい本」マイケル・ローゼン作、クェンティン・ブレイク絵、谷川俊太郎訳。2004年。
その中から。『悲しみがとても大きい時がある。どこもかしこも悲しい。からだじゅうが悲しい。』
マーシャ・ブラウンの「目であるく、かたちをきく、さわってみる。」2011年。言葉と写真はマーシャなのに、まるで谷川さんが書いているような。
『みること それは 目で あるくこと あたらしい せかいへと。ゆっくり あるこう こころを いろんなものに ぶつけながら いろんなものに くすぐらせながら。』
谷川俊太郎が言葉を書いて誰かが絵を描いて作った本も多数あります。真っ先にあげられるのが「もこもこ」絵は元永定正。(実はこの本は持ってない、読み聞かせでやってことはあるのだけれど。)「もこ」「にょき」「ぱちん」「ぽろり」谷川さんの奇妙な言葉が並びます。これがなぜか、ちいさな子供たちに大うけです。今思ったのだけれど、ミロコマチコさんと似てる、あそうか、彼女が谷川さんの影響を受けてるのか。
谷川俊太郎さん、そうそうたる作家たちとコラボしています。長新太とは「わたし」「あなた」「めのまどあけろ」「にゅるぺろりん」とか、たくさんの絵本を作っています。和田誠とは「これはのみのぴこ」「ともだち」「いちねんせい」「がいこつ」…。安野光雅もあったり、どれだけ本出してるんだって感じです。
詩画集もたくさんあります。詩やことばに絵や写真を組み合わせて一つの世界を作り出す、とても素敵な本がいっぱい。私の大好きなジャンルで、気が付けばそれなりの数持っていました。
一番好きなのは「青は遠い色」1996年、絵は堀本恵美子。言葉は谷川俊太郎の詩からの抜粋。例えばこのページ、デビュー作の詩集「二十億光年の孤独」から『万有引力とは 引き合う孤独の力である 宇宙は歪んでいる それ故 みんなは もとめ合う』という一節に、青を基調とした絵が添えられています。(3つ下にこの本の表紙の写真あり)
クレーの絵に言葉を添えた2冊もとても好きです。「クレーの絵本」1995年と「クレーの天使」2000年。アート&ポエム、響き合う絵と言葉の贈り物というコンセプトでクレーの絵に谷川俊太郎が言葉を書下ろした本。時折手にとって眺め、詩を読む、ものすごく豊かな気持ちになれます。
「クレーの絵本」より。
≪黄金の魚≫という絵に添えられた詩から。
『いのちはいのちをいけにえとして ひかりかがやく しあわせはふしあわせをやしないとして はなひらく どんなよろこびのふかいうみにも ひとつぶのなみだが とけていないということはない』
「クレーの天使」より。≪天使、まだ手探りしている≫に添えられた詩から。
『わたしのこころにごみがたまっている でもそこにもてんしがかくれている つばさをたたんで…わたしにもみえないわたしのてんし いつかだれかがみつけてくれるだろうか』
写真集に詩を添えた「あさ」「ゆう」。2004年。写真は吉村和敏。
「ゆう」の中の「祈り」という詩の後半部分を。
『人々の祈りの部分がもっとつよくあるように 人々が地球のさびしさをもっとひしひし感じるように ねむりの前に僕は祈ろう 1つの大きな主張が 無限の時の突端に始まり 今もなお続いている そして 一つの小さな祈りは 暗くて巨きな時の中に かすかながらもしっかり燃え続けようと 今 炎をあげる』
この詩の前半部分で谷川さんはこう言っています。『(ああ 傲慢すぎる ホモ・サピエンス傲慢すぎる)』…まさにその通り!
2006年の小さな詩集「すこやかに おだやかに しなやかに」は、谷川俊太郎さんの一つの到達点のようなもの。シンプルに、人が生きること、どうあるべきかということが語られています。この詩集は、原始仏典「ダンマパダ」の英訳を基底にして、共感するところを自由に日本語にしたものです、と谷川俊太郎は述べています。
最初の詩「こころの色」より。
『私がなにを思ってきたか それがいまのわたしをつくっている あなたがなにを考えてきたか それがいまのあなたそのもの 世界はみんなのこころで決まる 世界はみんなのこころで変わる』
「すこやかに」より。
『生きるのは喜び 生きるのは愛 憎み憎まれる 人々のあいだに生きても すこやかに生きよう たとえ苦しみのうちにあっても』
「おだやかに」より。
『怒りが閉ざす こころを閉ざす うぬぼれがしばる こころをしばる おだやかにあれ こころよ のびやかに しなやかに はれやかに』
「もっと向こうへ」より。『世界をありのままに見るために 目覚めよう 間違った夢から この世界のもっと向こうへと続く道がある 喜びとともにその道をたどろう』
到達点?いえいえ、まだまだ先がありました。
谷川俊太郎は死ぬまで詩人でありました。
辞世のともいうべき詩
『目が覚める 庭の紅葉が見える 昨日を思い出す まだ生きているんだ 今日は昨日のつづき だけでいいと思う 何かをする気はない どこも痛くない 痒くもないのに感謝 いったい誰に? 神に? 世界に?宇宙に? 分からないが 感謝の念だけは残る 』
(最後の詩集「ベージュ」死後に出版。ベージュは米寿でもある。)
最後に。
「あなたに(三つのイメージ)」という詩の一節を。
谷川俊太郎の出身校である都立豊多摩高校で、1968年に卒業生の求めに応じて書かれ、現在に至るまで毎年卒業式で読み継がれているものです。「魂のいちばんおいしいところ」という詩集に収録されています。
(実は私は豊多摩高校のお隣の杉並高校の出身、当時は学校群制度で振り分けられるシステム、本当は豊多摩に行きたかった私にはなんだか近しく感じられます。)
3つのイメージ(火と水と人間)の人間の部分から最後にかけて。
人間は一瞬であり
永遠であり
人間は生き
人間は心の奥底で愛し続ける
ーあなたに
そのような人間のイメージを贈る
あなたに
火と水と人間の
矛盾にみちた未来のイメージを贈る
あなたに答えは送らない
あなたに ひとつの問いかけを贈る
旅立ちの季節です。(2025年3月29日 水野佳)
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