2022年6月25日土曜日

新しい焙煎機&アイスコーヒー

 

今年の2月、新しい焙煎機を買いました。

それから4か月、試行錯誤、実験の積み重ねをやってきましたが、だいぶ落ち着いてきました。

初めは、機械を馴らし、使い方に慣れるために、ハンドピックではじいたダメ豆をとっといたのから。いつか新しい焙煎機を買ったときのためにとっておいたのだとか。深慮遠謀ですかね。

いつもの生豆で焙煎するようになると、ちょっと浅いだのちょっと深いだのの繰り返し。それを捨てるのは忍びない、おいしいんだから。自分たちでは飲みきれないので、友人知人に飲んでもらって…、消費にご協力くださった皆様に感謝です。


この焙煎機、韓国製のカルディという商品、職人さんのハンドメイドです。うち程度の規模で一度に㎏単位で焙煎できちゃうやつだと多すぎる。日本製のは高い。いろんな条件をクリアして選ばれたのがこれです。

この焙煎機、排気のコントロールができること、温度計がついてて温度の管理ができること、パソコンとつなげてデータが取れること、この3点で格段に楽になったそう。えー排気のコントロールもなかったの?と言われそうですが、なかったんです。温度は温度計を突っ込んで計ってたし、データは人力で記録してたけど。よくやってたと思います。排気だけはどうしようもなくて、夫は排気コントロールができる焙煎機が欲しいとずーっと言っていました。

ちなみに、前の焙煎機はこちら。
「珈琲道楽」という日本製。千葉駅の近くの「豆NAKANO」という自家焙煎コーヒー屋さんがこれを使っています。焙煎できる量が少ないのだけれど、がんばってやっています。

2017年に買ったから5年使ったことになります。税金の1/3減価償却も終わりました。お疲れ様でした。

焙煎機と一緒に、チャフコレクターなるものを買いました。この焙煎機専用。チャフというのはコーヒー豆の薄皮みたいなもの、それを飛ばしつつ冷却するという装置(これで排気のコントロールもできるらしい)。結構優れモノ。これを取り付けると、なんか大層な機械みたいになりました。セッティングも夫のDIY。設置してるときはなんだか楽しそうでした。
焙煎機カルディ、現在は快調に作動中。データ大好きな夫は嬉々として焙煎に邁進中。

さて、アイスコーヒーの話。

先日今年初の水出しコーヒーの注文がありました。(通年購入を除いての初)

これ、濃さの違いが判りますか?
左側が炎の雫で販売している水出しコーヒーパックで淹れたもの、右側はIwakiのウォータードリップサーバーで淹れたものです。


炎の雫の水出しコーヒーパック。
販売している50gのパックを700㏄の水で。この写真はパックを入れてから1時間後の状態です。
冷蔵庫で一晩おくと、すっきりしたおいしいアイスコーヒーが出来上がりますこれはそのまま飲むのが絶対おススメ。
コツは、最初に40~50㏄の水でパックを湿らせてへらなどで押すことと、パックを浮かせておくこと。沈めちゃうと対流が起こらず、抽出が滞ります。コーヒー苦手という方も、お試しください。

アイスコーヒー3種。
Iwakiのドリッパーはこれ。点滴のようにちょっとずつ水が落ちるようになっています。説明書通りに作ると40gに450㏄の水。3時間ほどかかります。こっちは濃い!アイスカフェオレにするとおいしい。
もう一つが松屋式でドリップしたアイスコーヒー。50gで300ccドリップして原液で保存、飲むときに冷水で倍に割る。ちょうど前の2つの間の感じ。松屋式だからすっきり感はあるし、Iwakiほど濃くなく、ストレートでもシロップやミルク入れてもいい。

今年の夏は暑そう。ラニーニャだとか。記録的な猛暑になるかもなんていうありがたくない話も出ています。
ネットショップでやたらと水出しパックが売れて、局所的にブームなんて言ってたのは、去年だっけ?一昨年だっけ?まだ6月、梅雨だというのに、真夏のような陽射し。私は日常のコーヒーはアイスになりました。3種類のアイスを作り分け、飲み分けてこの夏を過ごそうと思います。体調に気をつけて、長い夏に向かっていきましょう。(2022年6月25日 佳)



2022年5月26日木曜日

人の悪意とそれを超えてゆく力

4月の終わりに、フィッシング詐欺に引っかかってしまった。対応に追われた1か月。

あー疲れたなぁ、と空を見上げると、青い空におもしろい雲が浮かんでいる。ちょっと心が緩んで、思わず微笑む。あの雲は、流れてどこへ行くんだろう、どんな形に変わっていくのかな。

そもそもは1通のメールだった。「アップルから返金完了のお知らせ」というauからのメール、でも偽物だった。何か変だなと思いはしたのだけれど、詳細はこちらというところをクリックしてしまった。2月に夫がauからUQに 変えて、手数料が後から返金されるかもしれないと言われていたのもあって、それかなと。出てきた画面はいつものauの画面と全く同じ、パスワードと暗証番号入れたら…そこから全く進まない。何度か繰り返した。私は夫名義のiPad使ってるので、そっちの方かもと思い、よせばいいのに夫の方のパスと暗証番号も入れてみた。それでも進まない、変なのと思ったら、直後に夫のポイントが使われてしまった。韓国のゲームサイト。それでauに電話して、やっとフィッシング詐欺と気づいた。何度もやり取りして、パスワードと暗証番号変更し、au ウォレットカードの再発行をした。

ところがそれでは終わらなかった。5月の連休中、お家でまったりしてたら覚えのない利用速報が来た。今度はau payじゃなく 私のクレジットカード直の使用だった。またauやクレジットカード会社と何度もやり取り、何度も説明し直して大変。使われたのは、ネットフリックスとグーグル関連のゲーム。ネットフリックスは直接連絡してと言われて、即そのカードの停止と返金処理してくれた。金額は大したことないけど私のカードで登録されていた。グーグルは電話窓口はないのでメールでということで、メール出したけど確認できないという返事が来て、またカード会社に電話して……結局、クレジットカードも再発行し、1か月かかって、全部返金してもらえたけど、すごーく消耗した。
羽鳥さんの番組でも、メールのリンクをクリックせずに自分でサイトから入りなおせ、と再三言ってたのに。お巡りさんにもそう言われ、息子にはアドレスをちゃんと見ろと言われ、不注意だったなと身に沁みた。皆さんも気をつけて。

それにしても、世間は悪意に満ちている。少しでもスキがあれば付け込もう、ちょっとでも儲けよう、得しようという、ささやかな悪意を持った人がどれだけいるのだろうか。
詐欺ならまだいいかもしれない、いじめ、中傷、差別、各種のハラスメント、あおり運転なんかも、自分のうっ憤を晴らせれば人を傷つけてもいい、自分がやったとわからなければ構わないという、普通の人の中にある悪意。

そして世界は今、さらに大きな悪意の中にある。
ロシアによるウクライナ侵攻、戦争状態の真っただ中にあるこの時に、「カンタ!ティモール」を久しぶりに見た。そして、東ティモールには、そういう悪意を超えてゆく力がある、と強く感じ、この映画の持つメッセージ性に心を動かされた。

『この島を襲った悲劇と、それを生き抜いた奇跡の人びと。その姿が世界に希望の光を投げかける』

インドネシアによる一方的な軍事侵攻に対して、応戦するのではなく、27年間闘い続けて勝ち取った奇跡の独立。それから20年、5月20日は東ティモールの主権回復20周年の記念日だった。彼らの闘い方は、人間はどうすべきかの大きなヒントとなる。
映画の中で南風島渉さんが語る。「東ティモールの人たちは、捉えたインドネシアの兵士に対して、正義とは何か、人間が生きるとはどういうことかをずーっと話して聞かせ、拷問することなく無傷のまま帰す。自分の家族を殺したり、レイプした、そういう相手に、なかなかできることじゃない。それが結果的にはインドネシアの中に多くの東ティモールシンパを生むことになった。」と。

初代大統領シャナナの言葉。「世界の指導者たちよ、民衆に平和を返せ。もうやめるんだ、頭の中の欲望を追うのは。戦争したいやつなどいるものか、武器を売りたいトップだけ。政治家よ、その金は何だ、よその政府と何をしている。足元を見ろよ、やるべきことがあるだろう。自分の世界を良くすれば、世界にも平和が訪れる。」

ルリックの守り人の言葉。「巨大な力ばかりを信じ、内にある価値に気づこうとせず、外側から奪うなら、その先で待つ未来は明らかだ。大地、水、目に見えぬものへの敬意を忘れた時、人類は絆を失う。大地を敬い、その恵みの中で人の絆を結びなさい。人間は同じ一つの自然に生かされて家族になれる。」

彼らの言葉は、世界がどんなに悪意に満たされていても、人間の中には、悪意を超えてゆく力が確かに存在するのだということを気づかせ、信じさせてくれる。

では、どうやったら悪意を超えてゆけるのか。
広田奈津子監督は、5月21日に東京のシネマ・チュプキ‣タバタでの映画上映アフタートークでこんな話をしていた。
「ティモールを旅していて、あちこちで『日本に何ができますか?』と尋ねたら、『あなたの世界を良くしてください、あなたの仕事をしてください、地域地域が健康になっていかないと世界に平和は訪れない』という答えが返ってきた。それは大統領だけじゃない、アレックスも、村のおじいちゃんも、みんながそう言った。」
彼女は、「朝新聞の見出しを見て『ああっ…!』って思ったときの想い、『良くないよ…』って思った時の想いだとかが、もしかしたら何千キロも飛んで、誰かを動かすかもしれないし、世界ってそうやって動いて歴史が変わっていくかもしれない」とも言う。世界はすべてが繋がっている、自分のいる場所で、自分の暮らしの中での小さな想いが、世界を変えてゆく第一歩だと信じている奈津子さん、なんて素敵な人だろう、愛に溢れている。

5月20日の炎の雫での上映会は、コロナ以前の上映会のようになり、マルシーラも歌わせてもらったし、観てくれた方たちと話もした。その中で、ティモールには“ありがとう”という言葉がない、という話になった。これは、上映会をするとよく話すことで、久しぶりだなあと思いながら話したのだけれど、期せずして21日のチュプキのトークの中でも語られていた。“あなた”と“わたし”が一緒だから、ありがとうがない。“私はあなたに感謝します”ではなくて“わたしたち二人にいいことがおきたね”という感覚だと。これってすごいことだ。裏返して考えれば悪いことも同じ、“あなたとわたしにによくないことがおきたね”ということ、どっちが悪いわけでもない。だから、東ティモールの人たちは相手を憎まないのか、とストンと落ちた。そもそも、敵という言葉がない、強いて言えば、今は別の方向を向いている人だという話もあったなと思い出す。
「長老は『お前の見ている外側はお前の内側だ。やり返してもいいけど、やり返す相手は自分自身でもあるんだ』と言った、哲学的ですね」と奈津子さん。
「カンタ!ティモール」深い!

この空は東ティモールにも、ウクライナにもつながっている。

「♪空を見上げて美しいと思うなら、
ほほをなでる風に懐かしさを感じたら、
あなたとわたしは同じ心、
見つめ合えば、手を取れば、分かり合えるさ♪」
これはだいぶ前に書いた『SHARE』という歌の歌詞。

東ティモールには、輪になって手をつなぎ、大地を踏みしめて踊るテぺという踊りがある。テぺは心を強くするという。そんな風にみんなが同じ心で手を取り合う日が来ますように。

世界中どこだって、沈む夕陽は美しいし、夜が明けて昇る朝陽は、希望へと続く。
(2022年5月27日 佳 空も雲も夕焼けも、私の住む千葉・いすみの写真です)

*5月21日のシネマ・チュプキ・タバタでの、広田奈津子監督と宮城里佳さんのトークを引用させていただきました。他にも興味深いお話がたくさん、トークのほぼすべてを書き起こしてくださっています。チュプキのFacebookページから読むことができます。ぜひ読んでみてください。 今こそ、カンタティモールです!






 

2022年4月29日金曜日

4月はイベント2つ

太東 FLEA MARKET

4月24日(日)、太東駅近くのフリマに出店しました。

6年半もお店やってて初めての屋外出店。まあ、車のない私たちなので、当然なんですけれど…。会場は徒歩5分のところ、自転車とカートで荷物運べるかな、何とかなるとやってみることにしました。実際は、雨の予報もあって、友達が車で荷物を運んでくれました。


一度外でコーヒー淹れてみようと、カフェがお休みのある日、実験してみました。うちのコーヒーは松屋式、雑味が出ないように濃い目に淹れたコーヒーをお湯で薄める方法なので、電気で沸かすポットと、もう一つIHヒーターを用意して、珈琲4杯分淹れてそれを保温ポットに入れ、IHでお湯をキープしておく方法にたどり着きました。

看板も作らなくっちゃ、とコメリでボード買ってきて書きました。いつも使っている木の重たーい看板を持っていこうという案もありましたが、大変だからやめようとなって。ついでにメニューも作りました。この作業、前日にやりました。コーヒーの準備もあって、バタバタでした。


今回お声をかけてくれたときわぎ工舎さん。カーポートの屋根の下、炎の雫の隣で出店。ときわぎ工舎は睦沢にあるパン屋さん、障害を持つ人たちも働いています。この日は、睦沢産の小麦を使ったクッキーやラスク、ジャムなどの出品。
その他、ときわぎ製品ではないけど、ドライフラワーやガラス製品、イラストやポストカードなども置かれていました。


こちらは、一宮から来たピアス屋さん。ビーズでオリジナルのハンドメイドピアスを作っています。素敵です。かつ、お財布にやさしいお値段。覗いてみたら、いいなあと思うのがあって、でも私はピアス開けてないから、って言ったら、金具取り換えてイヤリングにしますよ、というので買っちゃいました。取り換え料も無料でした。アクセサリー買ったの、久しぶりです。
何だかうれしい。
オーガニック野菜のいすみやさん。
このお店は、ついこの前まで、椎木商店街の酒屋さんにあり、今は長者町にあります。干し菊芋という珍しいものの試食させてもらい、それとかぶを買いました。
端っこで、不用品のリサイクルも。お椀とかコップとか置いて「ただでどうぞ」ですって!

オンシーズン、白子の新玉ねぎ。
トラックに乗せたまま、豪快に売ってました。
10㎏1500円、5㎏800円。
5㎏でも多いので、友達と半分こしました。


この他にも、主催者の太東インフォメーションラウンジ・Lighthouseさんが、屋内でソフトクリームやワッフルを、いすみのサーフィン協会関係でTシャツやタオルなどもありました。お天気が今一で、朝から雨の予報だったので、焼きそばやさんが出店予定だったけど取りやめになり、前回(昨年12月)の時のような衣類や雑貨品のフリマ的出品もなかったけれど、ぽつぽつと人が来て、のんびりとお話したりできたし、お天気も何とかもって、本降りになったのは午後2時過ぎでした。
とても楽しかったです、いい経験をさせていただきました。


上映会

その1週間前、4月16、17日には、
ドキュメンタリー映画「わたしの、終わらない旅」の上映会をやりました。

坂田雅子監督作品。2014年。

2011年、福島第一原発事故の後、亡き母が遺した反原発運動の記録をまとめた「聞いてください」を手に、核エネルギーの歴史をたどる旅に出た坂田監督。フランスの核再処理施設、米国の大規模核実験が繰り返し行われたマーシャル諸島、旧ソ連による核実験で汚染されたカザフスタンの大地、その周辺で核に翻弄され続ける人々を訪ねる旅。

核開発競争、核実験、ビキニ、福竜丸…漠然と言葉だけしか知らなかったことが整理できました。
マーシャル諸島周辺での米国の核実験は62回も繰り返され、人々はいまだに故郷の島には帰れない。奇形の魚が見つかったり、自らの甲羅を食べる習性のあるヤシガニは放射能を体内に蓄積し続けている。それでも、その地に生きる人々はたまには食べてもいいと言われている、今まで特に問題はなかった、と言う。カザフスタンでのソ連の核実験は400回を超える。大地は汚染され、人々は、若くして死んだり障害を持つ人が増えているという。フランスの原発ジプシーと呼ばれる除染作業の従事者は、原発を誘致し、そこで働く人がやがては死んでゆくということがわかっていてその電気を使うのか?と問いかける。福竜丸の乗組員は、米国から原発を導入するために示談が行われ、それは殆ど知らされていなかった、もしあの時実態が知らされていれば、今とは違う状況になっていたのではないかという。

プルトニウムの半減期は2万4千年、ウラン235の半減期は7億年、ウラン238に至っては45億年!人間の手に負えるものではありません。それなのに、今でも抑止力という名目で核開発は続けられ、核実験も行われる。今回の戦争で、脱ロシアエネルギーという観点から、ヨーロッパでは再び原発へという流れも出てきています。イギリスは原発の新設を決めたとか。日本でもそういう主張が出始めています。どうしてそうなっちゃうんでしょう??
坂田監督は、「わたしの、終わらない旅」の続編として、原発全廃を決めたドイツの脱原発への市民運動を追った「モルゲン、明日」という映画を2018年に作っています。ところが、そのドイツでも、2022年末までに原発全廃に対する見直し論が出ているようです。
どうなっていくのでしょうか?

いろいろ考えさせられる映画です。映画の元になった、坂田静子さんの「聞いてください」を購入した友人によると、一言一言胸に沁みる本だとのこと。私も購入しましたが、フリマ騒動でまだ読んでいません。これからじっくり読みたいと思います。
(2022年4月29日 佳)















2022年3月30日水曜日

ドキュメンタリーとアニメーション

 『THE BLUE NOTE STORY』というドキュメンタリー映画を見てきました。

伝説のジャズレーベル「ブルーノートレコード」を立ち上げた2人のドイツ人の人生とブルーノートの変遷を描いたドキュメンタリー映画です。

アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフ、1930年代のドイツ・ベルリンで出会った二人は、ユダヤ系だったためナチスによる迫害を逃れてアメリカへ渡り、大好きなジャズのレーベルを設立する。当時のアメリカは公民権運動以前の激しい人種差別の時代。彼らは自分たちと同様に差別にあっている黒人のミュージシャンたちに共感し、決して彼らを差別することなく、レーベルを運営していく。映画は、彼らの周囲の人々、ブルーノートのミュージシャンたちの証言によって進められていく。証言者は、ジャズの大御所たち、クインシー・ジョーンズ、ハービー・ハンコック、ウエイン・ショーター、ソニー・ロリンズ……みんなものすごく雰囲気があって、すごーくいい声をしている。楽器の人たちなのにね。ミュージシャン以外では、レコードエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダ―、アルフレッドの元妻でジャズクラブ「ヴィレッジヴァンガード」のオーナー故ロレイン・ゴードンなど……。ジャズの名曲に乗せて語られていきます。名曲だらけ! ジャズファンでなくても知ってるような曲がいっぱい。もちろん貴重な演奏の映像もいっぱいです。マニアでなくても楽しめる、とあったけど、確かに。制作総指揮はヴィム・ヴェンダース。

キーワードは《シュイング》
二人が最も大切にしていたもの、それはちゃんとスウィングしている演奏であるか否か。それがすべて。アルフレッドは、独特のドイツ訛りで「Must Schwing」といつも指示。二人は録音に最初から最後まで付き合い、ノってくると小さく体を揺すって踊る。それはちょっとずれた独特なリズムだった、と言っていた人がいました。それを聞いて、昔浅川マキが、ライブで最前列のお客さんが、リズムをとっているんだけどそれがちょっとずれてる、最後までそれで通した、それがたまらなくいいと言っていたのを思い出しました。それぞれが自分のリズムでスイングすればいいんですよね。また、カメラマンでもあったフランシスは、ミュージシャンがふと見るととても奇妙なところで写真を撮っていたりして驚かされることが何度もあったそう。彼が撮った写真はレコードのジャケットに使われました。当時黒人の写真をジャケットにするなんてなかった時代、その意味でもブルーノートは画期的でした。

さて本題。この映画、随所にアニメーションが使われています。監督エリック・フリードラーは「写真や資料の残っていない場面に、再現ドラマを制作するのはやめようと決めた」と語っています。代わりにアニメーション。なぜならその方がずーっと自由だから、と。アルフレッドとフランシスが若いころ初めて出会ったベルリンのクラブのシーン、アメリカにわたる船に乗るシーン、セロニアス・モンクのアパートを訪ねるシーン……様々なシーンで使われるアニメーション。人物はちょっと仮面を張り付けたような顔、ロボット的な動き、今ならもっと本物っぽく作れるだろうに。ところがこれが妙にいいのです。なんだか心に残ります。中でも、ものすごーく印象的だったのは、ビリー・ホリデーの「奇妙な果実」。今まで何度も聞いたことがあったけど、ここでのアニメーション映像を伴ったその歌は、こんなにストレートに入ってきたことはないと思うほど衝撃的でした。これ、アニメーションだからなのでしょうね。新しい可能性を見た気がしました。

実は、先月も同じような体験をしました。
それは、ダンサー‣田中泯を追ったドキュメンタリー『名付けようのない踊り』という映画。
犬童一心監督が、2017年から19年にかけて、日本と世界の各地で踊る田中泯と行動をともにしながら撮影した映像を中心に、過去の映像やアニメーションも織り交ぜて構成されています。

田中泯をご存じでしょうか。最近は味のある役者として名前が出ているけれど、筋金入りのダンサーです。
はるか昔、アングラ演劇に傾倒していた私は、髪の毛を剃り落し、ほぼ裸で踊る彼に、演劇やライブの会場などで度々遭遇したものでした。
当時、舞踏の世界は、土方巽の暗黒舞踏、麿赤児の大駱駝艦、舞踏集団と呼ばれる存在がいくつもありましたが、田中泯はどこにも属さず、一人で独特のダンスを踊っていました。それがもう40年以上前のこと。

この映画の存在を知って、懐かしさと同時に、踊る人としての田中泯は今どうなっているんだろうと興味が沸いて、見に行きました。結論から言うと、観てよかった映画でした。田中泯のとてつもなく強いエネルギーと彼の生き方、何十年もの時を貫き通してさらに磨きがかかった“名付けようのない”ダンス。久しぶりに心がざわざわし、同時になんだか落ち着くというちょっと変わった体験をしました。

この映画を見たいと思ったもう一つの要因が、アニメーションを担当する山村浩二。私は彼の「頭山」という変な短編を見たことがあって記憶に残っていました。(「頭山」は人間の頭から木が生えるという変な作品で、アカデミー賞にノミネートされました。彼は世界4大アニメーション映画祭ですべてグランプリを受賞した唯一の監督だそうです。)

少年時代の田中泯は山村浩二によるアニメーションで描かれます。田中泯は自分の少年時代を「わたしのこども」と呼び、子供らしさを共存させて生きるという想いを持っていて、ここでも、実写ではなくアニメーションであることが生かされています。少年時代のエピソード、例えば警察官だったお父さんが、水死体が出るとそれを息子に見せようと前に押し出す、なんてシーンは、実写では辛いけれど、アニメーションであることで妙にきれいに受け入れられます。少年時代だけでなく、森の中で田中泯が踊っていると、彼の全身から何かが巻き散らかされて、頭から出た何かは成長を始めて、森と同化していく…という映像あり、そこは実写とアニメーションの融合。もともと田中泯は人間離れしているので、何かが出てきても、頭山みたいに彼の頭に木が生えても全然不思議じゃないので、あまりにも自然です。ほんとにそうだったのかもね、なんて思っちゃいました。

この映画、映像がめちゃくちゃきれいです。どこを切り取っても絵になります。
田中泯が踊ってるシーンは、周りで見ている人を撮っていることも多くあり、人々の表情がおもしろい。日本、ポルトガル、パリ、それぞれのお国柄・お人柄も見えて興味深いです。踊り終わった後、「幸せだ」という田中泯の笑顔、昔のおどろおどろしさとは別人です。いい人生を送ってきたのでしょうね。

本題に戻りましょう。ドキュメンタリー映画とは、記録映像で構成されて、大して面白くないもの、そう思いませんか?それが知らないうちに、こんなことになっているんだ、と気づかされた2つの映画。実写は実写、アニメはアニメ、そんな境界を軽やかに乗り越えて、新しい表現を模索し、作り上げていく人たちがいて、それは進化し続けていること、今頃やっと気づきました。映像表現はもっともっと変わっていくのでしょう。楽しみです。
(2022年3月30日 佳)










2022年2月28日月曜日

やなぎさんの思い出

やなぎさんが亡くなりました。

大好きなシンガーでした。

やなぎさんのことを想うとき、いつもふと浮かぶ歌があります。

♪道の上に突っ立たまま 朝のコーヒーを飲んでいる    もう当たり前のようになってしまった 君から何百キロも離れた町で♪

今日はどこで朝のコーヒーを飲んでいるんだろう、今夜はどこで歌うんだろう、いつもそう思っていました。

……もう歌わないんですね。……哀しい。

やなぎさんとはもう15年以上の付き合いになるでしょうか。初めは、高円寺の稲生座から夫が持って帰ってきた1枚のCD。珍しく聴いてみて、私は、これあんまり好きじゃない、と言ったそうです。(本人はあんまり覚えていないのですが)それが、たまたま稲生座で生でやなぎさんを聴いて、強いインパクトを受けました。たぶんしみじみとした歌もたくさんあったのでしょうが、私の中に残ったのは「バイバイフォークシンガー」という曲でした。

♪バイバイフォークシンガー いんちきフォークシンガー あんたの歌はもう二度と聞きたくない バイバイフォークシンガー いんちきフォークシンガー 俺の歌を俺は歌う♪       

なんだこの歌、って思いました。ステージが終って、やなぎさんに、あの歌は誰のことを歌ったの? と聞きました。彼は笑って答えませんでした。それが始まり。しみじみと心にしみこんでくるような歌を書くやなぎさんですが、彼の内側に潜んでいる反骨精神みたいなものに、私の中のある部分が呼応したのだと思います。

それから私は一人でやなぎさんを聴きに行くようになりました。日本全国を歌って回っているやなぎさんなので、行けそうな時、行けそうな場所を見つけては足を運びました。稲生座にも、夫のライブ以外でお客さんで行ったのは初めて。稲生座で、大森の「風に吹かれて」で、鶴間の「菩南座」で、決して忘れられないようなライブを見ました。特別な状況下で、特別な思いを込めて歌ったライブ、たまたまそこに居合わせた、幸せなことです。

好きな歌は数えきれないほどあります。今から思えば、最初に聴いたCDにもいい曲がたくさん。それらはライブで聴くうちに好きになっていきました。

しっとりした曲で最初に、これいいなあ、と思ったのは「遠い空を想う時」

♪夜中のホームに立ち 来るはずのない汽車を待つ 何処かへ行きたくて何かを変えたくて心はいつも揺れている 遠い空を思う時 帰る場所のない寂しさと とどまることの辛さの間で♪ 

名曲「旅という生活(くらし) 生活という旅」 この曲はすごい。              

♪いつだって分かれ道は目の前にある 生きていくってそういうことだろう 旅という生活の中で 生活という旅のなかで♪ 真理です。深い。(この曲、花巻のとある店のライブで、お店のオーナーの小さな子供たちが合唱していて度肝を抜かれた思い出があります。)

お酒の歌もたくさんあります。中でも「ウイスキー」 水野が歌いたいと取り組んでいるけど、難しいって言ってます。

♪ウイスキーウイスキー 光の水よ 俺をどこかへ連れてってくれ ウイスキーウイスキー 光を集めた水よ 俺をどこかへ ここじゃないどこかへ♪

次第に私の顔を見ると、やなぎさんは「よしみさん、今日は何が聞きたい?」と聞いてくれるようになりました。お言葉に甘えて、いろいろリクエストして歌ってもらったものです。あの頃が一番やなぎさんに浸っていた時期でした。

その中の一つ「明日になれば」。暗いけど大好きな曲です。“月の光も届かぬ場所でびっこの子供が座って”いたり、“ポッケットにナイフを忍ばせて信じるものをふりかざし”たり、“風はとうに止まって言葉はゴミ箱であえいで”いたり。でも ♪明日 明日 明日になれば でも明日はいつだって明日のままだ♪ そう、明日はいつだって明日のままなんだよね、なんでこの曲に魅かれるんだろうといつも思いながら、歌ってもらっていました。

東北の話。

やなぎさんは1994年にご家族で岩手に移住しました。働いて子供を育て、10年ほど経った頃再び歌い始めました。初めは東北中心、2004年に作った「ON THE ROAD AGAIN」というCDを持って、だんだんと活動は全国へ。そのころ、稲生座で夫が出会ったのだと思います。ギター1本持って、自分で運転しながら町から町への旅(生活)を続けました。その傍ら、夏の東北でイベントを開催するようになりました。

私たちが初めて東北に行ったのは2007年。岩手の東和町でやなぎさんが主催した土澤音楽祭。誘われて夫が出演するので見に行くことにしました。そのころ、子どもの手が離れて出かけられるようになって、どうせならと平泉に行き、一関の伝説のジャズ喫茶ベイシーに寄って夫とは現地集合。落ち合うのは花巻の瀬川京染店、ここで土沢音楽祭の前夜祭。(それが先ほどの「旅という…」の子供たちの合唱でした)着物屋さんの奥のスペース、音楽が大好きなマスターとご家族、いい雰囲気のいいライブでした。翌日の音楽祭。町の中の広場にトラックで作ったステージ。町内放送でライブを流す。こんなイベント見たことがなかったのでびっくり。ふと見ると坂の上に美術館がある。ずーっと続いているライブからちょっと離れて覗いてみました。【鎧鉄五郎美術館】というところで、宮沢賢治展をやってました。期せずして素晴らしい展覧会にあたってしまったわけです。これ以降、どこかへ出かけるときは、その地の美術館に寄るようになりました。やなぎさんは主催者として長い髪をなびかせながら走り回っていましたっけ。ライブは、たくさんの人が歌って、フィナーレはみんながステージに乗って、おぉ! って感じで夕方に終了。その後、日が暮れてからの岩手の夜の真っ暗なこと! 漆黒の闇、初めての体験でした。

翌年も土沢音楽祭は続き、また参加しました。この年の会場は河川敷の広い場所。地元の小学生のよさこいとかもあって、規模が大きくなって、関係者も増え、調整が大変だったようです。ここで私は初めてやなぎさんの奥様に会いました。私と彼女が話していると、気になるようでやなぎさんが周りをウロウロ歩き回っているのがおかしかったです。

その2年半後、東日本大震災が起きました。
その時やなぎさんは旅の途中、3日間かけて岩手に帰り着いたそうです。ご家族は無事でした。でも彼が過ごしてきた場所は、ことごとく壊滅。仕事帰りによく寄ったという陸前高田の町も、【ジャズタイムジョニー】も、跡形もなく。馴染みの場所、岩手、東北のために、やなぎさんがどう動いていたのかはよく知りません。彼は歌を作り、ライブの時は必ず東北のことを語るようになっていきました。2012年の春、仮設営業を始めたジョニーで、やなぎさんはライブを開催、それをその場で録音してCDを作りました。夫水野たかしはパソコンを持ってスタッフとして参加しました。それが「'02~'12」というアルバム。その中で、やなぎさんは「2002年6月30日、陸前高田のジョニーでのライブ、今から考えれば、あの日が旅の始まりだったんだと思う。」と述べています。やなぎさんの原点だったのですね。

「ガンバロウ」という歌があります。震災の後、よく歌っていました。ショッキングな歌です。お前は何をしているんだと、突きつけられるような歌。

♪ガンバロウ ガンバロウ ガンバロウ ガンバロウ ガンバロウ ガンバロウと 差し出す汚れひとつない 傷ひとつない手のひら  ガンバロウ ガンバロウ ガンバロウ ガンバロウ ガンバロウ ガンバロウと そこにもここにもあそこにも 言葉が溢れてる

私たちは2012年の秋、高円寺に【炎の雫】を開店しました。やなぎさんに初めて歌ってもらったのは、2013年の1月、今まで共演したりツアーに行ったりとあったけど、主催者としてライブをやったのはこの時が初めて。
以来、高円寺では、だいたい3か月に1度のペースで歌ってもらいました。

このころのやなぎさんは、震災を伝え続けること、そしてジョニーの高台移転と再建のための募金活動の実行委員長になって、文字通り全国を飛びまわっていました。彼の歌はますます磨きがかかり、どんどんうまくなっていくのがわかりました。

私が初めて震災後の岩手へ行ったのは2014年だったでしょうか。やなぎさんと水野たかしのジョニーでのライブ、他何軒かのお店でツアーを組んでくれて、やなぎさんのお宅に泊めてもらい、車で連れてってもらってのツアー。この時、何にもなくなってあっけらかんとした陸前高田、まだ傾いた建物が撤去されずに残されている大船渡、釜石の光景にびっくりしたものです。東北の春は遠い、とブログに書きました。

2014年の暮れ、夫の左手が変な動きをしているのを見て、病院に行こうと連れてってくれたのもやなぎさんでした。その日彼は稲生ライブで、珈琲を飲みに来ていました。当時の職場にやなぎさんから電話をもらって脳出血を知らされました。その日は、たまたまカンタティモールの上映会の前日で、夜中に機材の使い方がわからなくて途方に暮れた私は、稲生座でのライブを終えたやなぎさんを呼び、セッティングしてもらったのを覚えています。やなぎさんは何重にも恩人です。(上映会当日は、名古屋から江口晶夫妻が来てくれることになっていて、お二人の協力で無事上映会は開催できました。)

再び歌の話。

フォークシンガーのラインに連なる曲は、ある一定の期間を経て、時々現れます。それらは、いつも私に強い印象を残します。

「いきるものの歌」  これは震災後の「また歩き出そうとしている」というアルバムに入っています。釜石でたまたま一緒にになった高円寺のミュージシャンが気に入って、あれが聞きたいと言いました。力のある歌です。やなぎさん公認で水野たかしも歌っています。というか、私が水野に歌ってって言いました。すると全然違うアレンジになっちゃたけど、やなぎさんも水野さんらしいと笑ってました。

♪土砂降りの雨の中 隠れるとこなどありはしない 靴の中まで水浸し それでも走り続けるんだ 信じることをやめるな 疑うことをやめるな 届かぬものに手を伸ばし もがき続けることをやめるな♪

2015年、私たちは千葉のいすみ市へ引っ越しました。そのころからやなぎさんの活動はソロではなく“やぎたこ“比重が増えていきました。やぎたこはオールドアメリカンフォークのデュオ。マンドリンとかバンジョーとかダルシマーとかいろんな楽器を使ってルーツミュージックを演奏するスタイルで、一定のファンを獲得して、忙しくなっていました。千葉から行けるところも少なくて、やなぎさんのライブから少し遠くなって。

ある時、ああやなぎさんが聴きたい! と思って、愛知県犬山まで行ったことがあります。「ふう」という喫茶店、やなぎさんに一番おすすめの店はどこ? と聞いたら、犬山の「ふう」と言ったので、えいやと行ってしまうことにしました。この時のライブ、絶品でした。涙が流れました。この時は私たちのように、遠く松本から来た女性もいて、今日は遠くからの人が多いねと言いながら淡々と歌って。「ふう」はとっても素敵な店で彼の歌にぴったり合っていて。松本の女性とはその後、飯田で水野がレコ発ライブやった時に来てくださって再会しました。ご縁はつながるのですね。

やなぎさんのライブは、外房の炎の雫では2回、結局ライブをやる側になってたった7年でした。まだこれから何度も歌ってもらいたかったのに…。それ以外に、やなぎさん、ぷらりとやってきて、CDのための録音をして行ったことが何回かあります。

この最新のCDには、いくつか彼の内なる炎が透けて見える曲があります。これぞやなぎさん、と思うような曲。その最たるものが「貧しい人々」です。辛辣な言葉が並んでいます。

♪パソコンの画面の中に真実なんてない 真実をもてあそぶ悪意があるだけだ 国の最高機関の議事録に正義なんてない 正義をもてあそぶ言葉が並んでいるだけだ …… 売れるものは何でも売ってしまえとばかりに 人を売り 武器を売り 核を売り 種子を売る   しまいにゃ国を丸ごと売り払って 足元をすくわれても ほらもう転ぶ場所もない    僕らはどうしてこんなに貧しくなったのか 僕らはどうしてこんなに貧しくなったのか♪

久しぶりの衝撃でした。今の社会状況、彼の言う通りに進んでいる。何なんでしょう。

この「小さな町の小さなライブハウスから」というCDを持って、炎の雫にライブに来てくれたのがちょうど2年前、2020年2月29日でした。その時、久しぶりに聞いたやなぎさんの歌声に心が震えました。お客さんの中の一人は、翌朝わざわざCDを買いに来てくれて、やなぎさんはこういう出会いがいいんだよなあと言っていました。ちょうどコロナが始まったころで、本当は次の日やなぎさんに高円寺まで連れて行ってもらって稲生座でライブのはずでしたが、中止にして、やなぎさんを見送ったのが最後になってしまいました。

最後に、新しいCDから「はじまり終わり」。

これも名曲です。はじまり終わり……というリフレインのあいだにちりばめられた言葉たちがどれもよくて。「もう二度と出会うことのないたくさんの人たち そして出会えた一握りの人たち みんな笑顔でいてほしいと願う」「心は距離を飛び越せるのか ずっと遠くの悲しみを もっと近くに感じることができたら」 特にドキッとしたのが「人は生まれ人は死ぬ 殺さなくても殺されなくても」というところ。キラッと光る刃のような言葉たち、こんな詞が書けたらと切に思います。

♪はじまり終わり 終わりはじまる ほんの一瞬の瞬きのように はじまり終わり 終りはじまる 明日はどこへ歩いていくのか 人はどこへ歩いていくのか♪

やなぎ 2022年2月9日没 享年60歳 

(歌詞をたくさん引用しました。お許しください)

気が付けば、あっち側にいってしまった人たちが増えちゃいました。みんな楽しくやってるかなぁ。どっちみち近いうちにそちらに行くことになるのです。待っててね。死ぬときまで生きていきましょう。(2022年2月28日 佳)




2022年1月29日土曜日

笠森観音と東浪見寺

 

2022年、最初のブログです。今回は、1月に訪ねた外房の名刹について書きたいと思います。

今年の初詣は、長生郡長南町にある笠森寺(笠森観音)に行きました。天台宗別格大本山。坂東三十三観音霊場の第三十一番札所。千葉のパワースポットとも言われています。

ご利益抜群と言われている黒招き猫も、さらに運気を上げるという座布団と一緒に連れて帰ってきました。

笠森観音、行きたいとは思っていたのですが、駅からは遠いし、バスはほとんどないし、行けずにいました。それが、お正月1~10日と1月中の土日は茂原から無料送迎バスがあると知って、これだ!と思って出かけることにしました。

お正月、三が日を過ぎたとはいえ、ご参拝の人たちがたくさんいらっしゃいます。

下の駐車場から、木々の緑の中を続く石段を、ゆっくり上っていきます。とてもいい気持ち。三本杉、子授楠と子授観音、(楠の木の幹の間を通り抜けたら子宝に恵まれるという)、芭蕉の句碑などがあり、山門をくぐると観音堂が建っています。

観音堂は日本唯一の四方懸造(しほうかけづくり)、国指定重要文化財です。崖の上ではなく、岩山の上に立てられていて、中央で岩山と接し、周囲すべてが長い柱に支えられています。
1028年の建立と伝えられ、その後焼失し、現在の観音堂は、安土桃山時代の再建と言われています。

本堂へは、75段の急な階段を上ります。結構恐い。
たどり着いた回廊からは素晴らしい眺めです。
そして本堂には、素敵な仏様が2体。ご本尊は秘仏なので御簾の中、この観音様は御前立ち観音というらしい。お寺の方に聞くと、鎌倉時代のものではないかとのこと。ご本尊ならずとも充分、堪能させていただきました。


鐘つき堂。
自由に鐘がつけます。これがまた、いい音。
ご~~~~~ん。余韻がすごい。
こんないい音の鐘は初めて。


境内のくろねこカフェで一服。
お汁粉とわらび餅をいただきました。

お店を覗いて、冒頭の黒招き猫などお買い物して。
さて、下に降りようと思ったら…。


裏側から降りる道がありました。これ行ってみよう、って歩いて行ったら、表の道よりずーと山道、というか歩きにくいというか、自然の中。こっちの方がいいよねと歩いていくと、駐車場の裏側に出ました。そこに「展望台→」という看板がある。展望台まで行ってみようかとなりましたが、これが結構大変、山歩きって感じ。途中で向こうからきた人に聞いてみると、まだ結構先だよと言われて、えーって思いながら歩きました。しばらく行くと、物見櫓みたいな展望台がありました。鉄の階段は吹きっさらし。この日はかなり風が強くて、上ったけど風に飛ばされそうで怖くて、すぐ下りました。一帯は、笠森寺自然林として保護されているそうです。観音堂だけじゃなく、こっちも楽しめそう、暖かくなったらまた来たいな。
帰りも無料バスで茂原へ。茂原で食事して帰りました。

もう一つ、外房の名刹。
1月28日、長生郡一宮町東浪見にある、軍荼利山東浪見寺へ行きました。このお寺も天台宗。この日は、年に1度の例祭の日、ご本尊の軍荼利明王が公開されます。

それを知ってはいたのですが、1月28日に来られないまま、何年か経ってしまいました。今年はコロナのおかげでカフェはお休みしているので、軍荼利さんに行こうとなりました。果たしてこんな時にやってるかな、と心配しながら自転車に乗って。
入口のところに、テキやさんが出てる!たこ焼きと飴屋さんともう1軒。3軒だけだけど、やっぱりお祭りなんだね。

入口の階段周り、梅が咲いていてきれいです。ここの階段、結構きつい。200段あるとか。頑張ろう!
上りだすと下りてくる何人かの人と出会いました。
東浪見寺は、聖徳太子が鎮護国家のために軍荼利明王の像を彫って安置したことに始まるとされています。現在の本堂は元禄から享保(1700年前後)の建立と考えられています。
その後、明治の神仏分離令によって神社になり、信徒の猛反発にあって天台宗寺院法落時の付属仏堂となり、昭和になって東浪見寺として認められるという変遷をたどったようです。複雑な経緯があるのですね。


大きな木が大好きな私にとって、ここの木々は本当に素敵です。ああ、いいなあと思いながら行きますが、だんだんはあはあしてきました。途中何回か踊り場のようなところがあって、一息つきながら、山門にたどり着きます。
門の両側に仁王像があったのですが、右側の赤いのだけになっていました。左側は壊れちゃったみたいで、白い布でぐるぐるに包まれていました。阿吽の2体なのに、片っぽだけになっちゃって、なんだか切ないです。

いつもひっそりとしている本堂ですが、今日は男衆が火を焚いています。扉もあけられ、奥のご本尊・軍荼利明王のお顔も見えています。ですが、手前の畳の部分にお札やお供え物が置かれ、関係者以外はその部分に上がれないようで、すぐ近くでの参拝は叶いませんでした。
ひっきりなしに、近隣の信徒とみられる方が来て、お札などを交換していくようです。前に来たときは、まったく誰もいなかったのですが、1年に1度の例祭ってこういうことなんですね。地域にしっかり根ざしているお寺なのだと感じました。

ご本尊の軍荼利明王(写真は取れないので、これは看板の写真です)
現存の像は平安末期か鎌倉初期の作と看板にはあるが、藤原時代のもので頭部のみが奈良時代の彫刻ともいわれていまます。
もともとは腕が8本あったものが、廃仏毀釈の影響で、腕6本が切り取られ、前にある2本のみが残されたとのこと。千葉県の指定有形文化財。
せっかく年に1度の公開で見ることができたのですが、胸から上ぐらいしか見えなくて、憤怒形だという顔の表情なども摩耗のためよくわからず、少し残念でした。

階段って、降りる方が恐いですよね。手すりにつかまりながら、ゆっくりと下りました。下りる途中も、何人もの人が上っていきます。
ほんとに今日は特別な日なのだと実感。
下の鳥居のところでほっとしてると、おばあさんを含んだご家族が車で来ました。「私、82のおばあさんだよ、上れるかな」「大丈夫だよ」と会話しつつ、軽やかに上っていきました。私なんかよりずーっと足取り軽く平気そう。
もうちょっと鍛えなくっちゃ、と思ったのでした。
(2022年1月29日 佳)









2021年12月28日火曜日

心のお出かけ

 炎の雫は、音や本を楽しんでいただきたいとの思いから、音・本カフェと名乗っています。

本を読む、音楽を聴く、映像を見る、それらはみんな心のお出かけ。なかなかリアルには出かけられない今日この頃、せめて心のお出かけを楽しむ、そんなつもりで過ごした今年でした。

今年、コロナの影響でカフェは2回の長期休業をしました。4月の末からのお休みの時に考えたのが、ライブラリー利用。予約制で不特定多数の人と会わずにコーヒーを飲みながら本を見たりして楽しんでいただくという企画。その際、本とレコードの点検整理をしました。それでわかったのが、本は1000冊近く、レコード850枚とCD200枚以上、結構あってびっくりでした。


本は私の趣味で集めたものが主です。絵本図書館とか絵本カフェとかが大好きなので、絵本は結構たくさんあります。3月のブログで本のこと書いたとき、絵本についてはまた…と書いたので、少し触れておきます。

五味太郎と宮西達也は大好きな作家。五味太郎は、「きんぎょがにげた」「きいろいのはちょうちょ」とか定番もあるけど、「はやくあいたいな」は思い出の1冊。私が杉並区の児童館で出会った自閉症の小学校1年の男の子が大好きな本で、何度も何度も繰り返して読んで、「しまった!」っていうセリフをいつも本当にそう思ってるみたいに言ってて、すごーく印象に残っています。その子は五味太郎さんが大好き、彼のおかげで五味太郎ワールドに足を踏み入れたのでした。彼はジブリの映画も好きで、「千と千尋の神隠し」の中の「大変、ハクが死んじゃう」というセリフをしょっちゅう言ってて、それがまた真に迫ってて、感情豊かなんだなあ、と思ったことを覚えています。

そういえば、お正月に「千と千尋の神隠し」テレビでやるみたい、録画予約しなくっちゃ。

宮西達也は、恐竜のシリーズ、狼のシリーズ、シニガミさんシリーズ、カブト三十郎シリーズ、どれもいいです。わかりやすいけど心にぐっとくる。子どもたちも大好きで、学童クラブの読み聞かせで読むと、みんな真剣に聞き入っていました。大人でもぐっとときます。


こっちはおもしろい本のシリーズ。“うける“というやつ。

ここにある本たちは、障害のある子供でもわかるもの。

知的障害のある中高生の活動をしていた時、活動の中で本に触れてもらう時間をつくりたいと、毎日お話と歌の時間を作っていました。わかりやすくて、ことば数もページ数も少なくて、絵もきれいで、彼らの興味もひいて…いつもそんな本ないかなと探していて、図書館に通ったり、ネットで探したりしてて、そのおかげで絵本コレクション増えたとも言えます。

「りんごかもしれない」はちょっと彼ら向きではなかったけど、(ヨシタケシンスケは比較的最近の作家さんで一般の小学生にはうけます。もうちょっと幼児向けの本が障害児には良いようでした

あとの3冊は “うけ” ました。「ここからだしてくれ」はみんなげらげら笑ってて、一番受けた本かもしれません。


さて、こちらは美しい本です。大人が眺めて気持ちをほーっとさせるのに最適。

シュルビッツの「よあけ」は、ここに歌いに来てくれていた寺田町も大好きな本だと言っていました。

ブルーノ・ムナーリの絵本は、小淵沢のえほん村で見て、魅せられて、欲しくて探したけれどなくて、ブックオフに登録しておいてやっと入手しました。

ムナーリの絵本、他にも何冊もあるのですが、どれも入手困難、まだ手に入れられずにいます。

荒井良治、ワイズブラウン、絵がいい。「うきわねこ」は最近の本ですが、牧野千穂さんの独特の絵に、言葉は詩人の蜂飼耳。

詩と絵の本と言えば、中原中也×清宮質文の「また来ん春…」、この本がきっかけで、清宮質文の展覧会を見に、京都の大山崎美術館まで行きました。それが2019年のコロナ直前、この展覧会の後、大山崎美術館は長期の休業に入りました。

同じシリーズの谷川俊太郎×堀本恵美子の「青は遠い色」、谷川俊太郎×クレー「クレーのえほん」「クレーの天使」もとっても好きです。今年はこういう本を手に取ることが多かった気がします。

定番もありますよ。エリック・カール、「パパお月さまとって」は、しかけ絵本、ページが広がって、楽しい、読み聞かせでこれも子供たちにうける本です。「はらぺこあおむし」も仕掛け絵本でしたね。エリック・カール、今年亡くなりました。何年か前、世田谷美術館に友田氏とエリックカール展をみに行ったことを思い出します。

レオ・レオ二、モーリス・ゼンダック。超ロングセラーの「ぐりとぐら」はまだうちには2冊、揃えたいな、シュールな镸新太、これももう少し欲しいな。


小説や物語に没入するのが心の旅だとしたら、絵本の世界にいくのはお散歩、ちょっとしたお出かけといったところでしょうか。


うちのライブラリー、音の方は主に夫・水野たかしのレコードコレクションです。その中から、夫にお気に入りのレコードを選んでもらいました。

一番のお気に入りはジャクソン・ブラウン「Late for the Sky」これを真ん中にして、と言われました。

ライ・クーダーは2枚「JAZZ」と「Boomer’Story」。ボブ・ディラン「Slow Train Comming」、デルバート・マクリントン「The Jearous Kind」。そしてザ・バンド「Music from Big Pink」。

この他にも、エリック・クラプトンとかデイブ・メイソンとかオールマン・ブラザースバンド、ボブ・シーガー、ボニー・レイット、JJケイル、…あげだしたらきりがないとのことでした。


最後に、今年のリアルなお出かけについて、書いておきます。ほぼ千葉から出なかったとはいえ、どうしても見たいものを見に行きました。それが美術展1回、映画が3回。

美術展は、2月のたばこと塩の博物館での「ミティラー美術館展」。この展覧会でインド絵画を知り、そこからタラブックスと「夜の木」へとつながりました。

映画は、4月の「僕が跳びはねる理由」、これは千葉ですが。ドキュメンタリー映画「道草」の上映会をやってすぐのタイミングで、興味のあるテーマで観たかった映画でした。

10月には「サマーオブソウル」を豊洲に見に行きました。

黒いウッドストックと呼ばれた1969年のハーレムカルチュラルフェスティバル、50年も埋もれていた記録映像を映画化、BBキング、スライ、ニーナシモン、マヘリアジャクソン!すごい! マヘリアジャクソン、レコードは時々かけてたけど、CDなかったので買っちゃいました。


年末12月、久しぶりのシネマチュプキタバタで「MINAMATA」を観ました。もう終わっちゃう、観なくちゃと思って行きました。これについては、もう少し考えてから書きたいと思います。

炎の雫では、2021年のイベントは映画上映会が2回のみ、「道草」「カンタ!ティモール」でした。カフェは1年の1/3お休み。

でもよかったことも。一つは、シネマチュプキタバタで、5周年記念のイベントで「カンタティモール」の上映会をやった時、炎の雫のコーヒーを使ってくださったこと。それをきっかけに、ベイスのショップで買ってくださるようになった方もいます。ありがたいことですね。もう一つは、ティーバッグ型のコーヒーバッグを作ったこと。秋から友人たちを巻き込みながら実験を重ね、12月にはベイスのショップに挙げることができました。好評です、お試しパックもあるので、興味のある方はぜひ。

来年はどうなるのでしょう。行きたいところに行けて、やりたいことがやれるようになるといいですね。

みなさま、よいお年を。(20211228日 佳)




初夏の旅~奈良から大津へ

  新緑の美しい初夏の奈良から大津を旅してきました。今回の旅の目的は、特別公開の仏像を見ることと、今まで行きたいと思ってたけどまだ行っていないところに行くこと。 順にご紹介していきましょう。 (今回の旅の目的の一つは特別公開ですが、公開される仏像はほぼすべてが撮影不可です。なので...