2021年4月30日金曜日

自閉症に纏わる2つの映画

2021年4月の終わり、炎の雫のホームページからブログをお引越ししました。


世はコロナ禍の中、東京には3回目の緊急事態宣言が出され、千葉では蔓延防止措置が出ています。ここいすみ市はその対象ではないものの、年末までは数人だった感染確認は、今年になってじわじわと増え、70人を超えました。連休中はお休みしよう、この際ブログのお引越しをしようということになりました。今後とも、よろしくお願いします。

410日・11日に久しぶりの映画上映会を開催しました。ずーっとイベントはやっていなくて、そろそろ何かやりたいなと思い、人数を減らしての映画ならできそうと思いました。以前にシネマチュプキで見た「道草」というドキュメンタリー映画をやりたいと上映委員会にだめもとで相談したところ、定員8人という少人数にも拘わらず快く受けてくださいました。それで土日の2回間で3回上映、各回8席の予約制で上映することができました。

「道草」は、東京都内で自立生活をする知的障害と自閉や行動障害を併せ持つ重度障害者とその介護者たちのの自立生活を追った映画です。
登場人物は4人の障害者とその支援者や家族たち。映画はリョースケさんが道草をしながら歩く場面から始まる。マンホールを踏んで歩き、道に座り込んで花を手に取り、公園でブランコを高くこぐ。鉄橋の上から電車が交差するところを見るのが好き、自分が納得する美しい交差がみられるまでその場を離れない。絵をかくのが上手、運動神経もよく自転車もスケボーも乗りこなす。リョースケさんはアパートで介護者付きの一人暮らしをしている。食べることにこだわりがあり、食べ物をめぐって介護者の中田さんと繰り返すユーモラスなやり取りに思わず微笑んでしまう。

ヒロムさんも介護者付きの自立生活をしている。介護者と一緒に長い散歩をするのが日課だ。歩きながら「タ―」と大きな声を発し、それを介護者の藤原さんがたしなめる。同じことを何度も問いかけ、同じ答えをもらうことが楽しい。やり取りはまるでコントのよう、思わず笑ってしまう。彼も知的障害と自閉・他害があり、小さい時は壮絶な生活だったことをお母様が語っている。

ユウイチロウさんの場合は少し異なる。自分が抑えられず、破壊行為や問題行動が多い。大きな声を出したり、物をばんばん蹴ったり殴ったりするため近所からも苦情が出て、なかなか落ち着いて生活する場がない。お父様が自立を支援する事業所に相談し、介護者との外出を試み始めた。その外出で見せる笑顔、それが終ってしまうことが嫌で不安と苛立ちから出てしまう問題行動。それに淡々と付き合う介護者たち。どうしたら彼のためにいいのかと話し合われる介護者とお父様のミーティングの様子を映画は映しだす。

最後の登場者カズヤさんは、やまゆり事件の被害者で、ご家族ともども唯一名前と顔を公表している。事件後、新しい道を模索して、事業所に相談し、少しずつ親子での時間を取り戻そうとしている。ご家族は「施設に預けていたことは間違っていたんじゃないか、やらそうとすればできたことがあったんじゃないか」と言いながら、今からが青春だと笑って話す。

映画の前半に登場する2人は、今は穏やかに暮らしているから、模範的な障害者みたいに思うかもしれないけれど、その後ろには積み上げてきたものがある。リョースケさんと介護者中田さんは13年の付き合いだという。入所生活が長かったヒロムさんも、自立生活の中で介護者たちとの関係を積み上げて今がある。一般に知的障害や自閉のある人は、人との関係が苦手とおもわれているかもしれないが、そうでもない。ユウイチロウさんも一緒に出掛けたい人の名前を口にする。人が好きなのだ。

私にも、もう10年以上付き合っている障害を持つ人たちがいる。その中には、道草の登場人物と同じ、知的と自閉を併せ持つ人もいる。東京で知的障害者の放課後活動の仕事をしていた時に知り合った。それは当事者のご家族が起ち上げた放課後クラブ(後にNPOとなった)、中高生対象のクラブで、学校(特別支援学校と擁護学校)に迎えに行き、活動場所の区民センターまで歩いて帰り、おやつを食べてちょっとした活動をして夕方までを過ごした。とにかく歩いて帰ることが第一の目標で、道草みたいに歩いたり止まったり、座り込んだり道路に寝ちゃったり、そんな日常。最初はグループで歩いていても、ペースが違うから結局マンツーマン。担当を決めておいて、じっくり付き合うしかない。活動場所に戻っておやつを食べる。おやつを準備して食べて食器を洗って片付けるのをみんなでやるのだが、それも一仕事でした。
学校が長期休みの時は、朝からの活動で一日を一緒に過ごす。一日つぶすのは大変で、外出したり、お昼ご飯を作ったり、簡単な工作や手芸や、歌とお話とダンスの時間とか、いろいろやりました。

思春期の6年間、リョースケさんのお母様曰くの冬の日本海の時代(荒れない日はないという意味)をともに過ごしたことで、彼らとの関係が作られました。その中で、高校を卒業しても時々みんなで調理をしたいという声が出て、ごはんの会を起ち上げました。みんなで集まってお昼ご飯を作り、食べて片付けてちょっとした活動をして解散する会、数か月に一度続けてきました。積み上げてきた関係は確固としてあり、たとえ時間があいてもすぐにあの当時の感じに戻ることができることを、ごはんの会をやるたびに実感しています。共に過ごす時間を重ね、この人は大丈夫と受け入れてもらえれば、いつでも、いつまでもその関係を続けることができるのです。その上、一緒に居るとこちらが癒されます。これは障害ある人にかかわっている多くの人が感じていることだと思います。リョースケさんの支援者中田さんは「一緒に居て楽しい、そう思わせてくれる魅力がある」と語っています。

映画を見ながら、リョースケさんみたいな子、ヒロムさんみたいな子がいたなぁと思い出します。年代的にも同じ年ごろです。ユウイチロウさんみたいな子もいました。ヒロムさんのお母さんのような経験(自分をかませて妹を逃がす)をした人も知っています。私自身も耳をがぶっとかまれたことがあります。そういう時は動揺したらダメ、何にもなかったような顔をしてタオルで抑えながら普通の活動を続けて、相手に見えないところで治療をします。今回の上映会参加者の約半数が障害者との関わりがある人でしたが、それぞれが自分の知っている人を投影しながら見ていたようです。介護者がワイルドでびっくりしたという感想もきかれました。肩の力が抜けて自然に対応している介護者のあり方に感銘を受けた人もいたようです。本当だったら、上映後、コーヒーを飲みながら語り合うのが炎の雫のスタイルですが、コロナ禍で長時間の滞在を避けるためそれができなくて残念です。


映画の終わり近く、ヒロムさんの介護者の藤原さんが「どうして彼らがいるんだろう、何か意味があると思うんですよね」と語る場面があります。その問いは私の深いところに残りました。
それについての一つの答えとなったのが、「僕が跳びはねる理由」という映画でした。

『僕らはきっと文明の支配の外に生まれた。多くの命を殺し、地球を壊した人類に、大切な何かを思い出してもらうために』という、東田直樹さんの言葉。これがその答えです。

映画「僕が跳びはねる理由」は、日本の自閉症の作家・東田直樹さんが13歳の時に書いた「自閉症の僕が跳びはねる理由」という本をもとにイギリスで作られました。当時中学生だった自閉症の東田さんが、今まで理解されてこなかった自閉症者の内面、感情や思考、記憶などについて、58の質問に答えていくという形で書かれています。初めは彼自身の言葉ではないのではと懐疑的に取られたこともあったようですが、大きな反響を呼び、世界中34か国で出版されベストセラーになりました。イギリスでの翻訳者も自ら自閉症の息子を抱え、同じように自閉症の子供がいるプロデューサーが映画化を企画しました。

映画に登場する自閉症の人物は5人。インドの女の子アムリットは、言葉はもたないけれど独特の絵を描く才能に恵まれています。雨の音を聞き、水が落ちるのをじーっと眺め続ける、見たものを絵にすることで表現し、お母さんと額をつけて抱擁をかわす姿には、深い精神的なつながりを感じます。イギリスのジョスは自閉傾向が強く、緑の箱にこだわりがある。シャボン玉を吹いたり、ブランコに乗ったり、跳びはねるのも楽しそう。苛立ってくると自分でコントロールができず、パニックになり他害行為もでる。家族は(両親はこの映画のプロデューサー)全寮制の学校への入学を決意する。ジョスは光への強い気持ちがあり、光を用いたアトラクションでは全身全霊で楽しんでいる。父はそれを「自分には味わえないような喜びを感じている」という。東田さんは、ジョスが一番自分に近いと思うと言っています。

アメリカのベンとエマ、小さいころからお互いに友情を感じて育った。それがわかるようになったのは、2人が文字盤を使って感情や考えを伝えられるようになったから。理解できないのではなく、理解していることを伝えられなかったのだ。それまでの教育は彼らにとって「時間の無駄」であり「人権の否定」だったと言い、お互いの間にある絆を感じ、大切にしている。東田さんも文字盤を使って人とコミュニケーションを取る。アフリカ・シエラレオネのジェスティナは、重度の自閉、言葉もなくできることも少ない。でも幸せそう。途上国ではまだまだ障害についての理解が進んでいなくて、障害を持った子は面倒を見ずに死なせてしまった方がいいとの考えも強い。その中でジェスティナの両親は、自閉症を理解してもらうための活動を続けている。彼らは、この子が幸せを運んできてくれたと言う。

5人の間をつないでいく狂言回しのような役割を、小さな男の子が担っている。彼は時に自然の中を、時に人工的な構造物の周辺を、自由に動き回り、その映像に東田さんの本の中の言葉が重ねらる。自閉症を、多様性を、受け入れられる未来からのメッセンジャーのような存在として登場する男の子。映画のパンフレットの冒頭には、その男の子ジム・フジワラ君の姿と共に、「みんな同じ空の下、“普通”の君と自閉症の僕との未来はきっとつながる」とのメッセージが添えられています。

監督の意図は、観客を自閉症の人たちの世界へ連れていき、彼らが感じている世界を体験してもらうこと。それを音とビジュアルを使って表現する。例えば、普通の人が全体を見てから部分を見るのに対して、自閉症の人はまず部分が飛び込んでくる、その美しさに魅かれ目が離せなくなり見続ける、そのことによって自分が落ち着く、それをこだわりと言われるのですが…。アムリットの雨、ジョスの箱…。(私の知ってる人はエアコンの室外機が回っていると、動かなくなるので、エアコンついてないといいなと思いながらお迎えに行ったりしてました。回っていなかったらすっと通り過ぎてくれるのですが、一度見始めたら何十分も見ていて、そこから離すのが大変でした。)

この映画を見て、東田さんの本を読んで、そうだったのか、そんな風に見えてるのか、聞こえてるのか、と思うことはたくさんありました。でも一番ショックだったのは知的能力のこと。監督は「軽度・重度、低機能・高機能といった単純化された考えから離れ、自閉症の人のそれぞれの問題を理解し、見方を変える一端を担えればと思っている」と言っていますが、まさにそのこと。長い間、自閉症の人と関わってきて、彼らには彼らなりの感情も心もあることはわかっていたつもりでしたが、どうしても身体の障害とは違うと思っていました。どこまでわかっているのだろうと思うこともしばしばでした。彼らの中に、表出されない言葉や考えがたくさんあって、知的能力の高い人がたくさんいるのであろうことに思い至りませんでした。それをこの映画は教えてくれました。

「道草」の中で問われた自閉症の人の存在意義について、きっと答えはたくさんあるのでしょう。まだまだ考え続けなければならないと思います。
ただ、自閉症の彼らのものの見方は、どこか古の人たちのあり方に通じるところがあると感じています。人間が自然と一体に生きていた時代、人が木や花や風と対話しながら生きていて、喜びを、怖れを感じていた頃、人は今よりもずっと満ち足りていたのかもしれません。それと同じような感覚が自閉症の人にはあるようです。東田さんは「山も木も建物も鳥もすべてのものが一斉に僕に話しかけてくる。その時一番関心があるものと対話が始まる。それは言葉による会話ではなく、存在同士が重なり合うような融合する快感です」と書いています。そんな体験が彼らの中に眠っているとしたら、彼らはものすごく豊かな人間なのかもしれません。

「僕が跳びはねる理由」、千葉ではTジョイ蘇我で公開中。(2021430日 水野佳)














 

2021年3月29日月曜日

読書の春

 

この春、勢いついて本を読んでいます。

 

きっかけは、詩人岬多可子さんの大岡信賞の受賞でした。久しぶりに岬さんの詩集を読もうと手に取って、受賞作「明るい水になるよう(書肆山田)を読みながら、ふとあの震災の時の詩を読みたいなと思ったのでした

岬さんとは、2年前、炎の雫でポエトリーリーディングのイベントをやった時に知り合いました。「この人は本物の詩人だ」と感じたことを覚えています。その時、掌詩集という小さな冊子を置いていかれました。その中の「白い闇のほうへ」という詩に心惹かれました。それは東日本大震災の後に詩人たちによって出された「ろうそくの炎がささやく言葉」(勁草書房)という詩集にも収められた詩でした。その詩集を読み返したのは、ちょうど3・11の頃。そしたら、池澤夏樹「春を恨んだりはしない」(中央公論社)のことを思い出しました。当時、まっすぐに入ってきて心に突き刺さった一冊でした。それなのにすっかり忘れていて、どうしてももう一度読まなくちゃと思って手に入れました。この本、震災や津波の被害と共に原発事故のことも取り上げて、池澤さんなりの視点で考察しています。これを読んでいるうちに、また読み返したい本が出てきました。

 

それが「レベル7~福島原発事故隠された真実」(幻冬舎)、東京新聞の取材班が原発事故を追ったもの。これも当時読んで相当ショックでした。今また読みたい、読まねばと思い、ついでに「メルトダウン」(大鹿靖明著・講談社)菅直人の「東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと」(幻冬舎新書)も購入。勢いづいて読みました。

多くは語りませんが、改めて、あの時自民党政権でなくてよかった、総理大臣が菅直人でよかった、と心から思います。自民党だったら、東電に忖度してもたもたしているうちに日本は悲惨なことになっていたでしょうね。

震災による物理的な破壊は復興できるけど、原発はそんなに簡単なことじゃない。除染も廃炉も手を付けることすらできず、何一つ進んでいない、放置し続けている現状、この先どのくらい時間がかかるのか見当さえもつかないという現実と、なぜかそれがほとんど話題にされない状況、人間の力ではどうにもできないものに手を出してしまったこと、ちゃんと見て、考えなくちゃいけない。

 

その一方で、どうしても欲しい本があって、この際だから、ついでに買っちゃおうかと手に入れたのが、タラブックスの本。先月のブログに書いた「夜の木」は無理だったけど、タラブックスの手作り絵本「インドのけもの」(エクスナレッジ)と、タラブックスの成り立ちを日本人が取材して書いた「タラブックス」(玄光社)。副題は「インドのちいさな出版社まっすぐに本を作る」、この本を読んで、タラブックスのあり方は一つの理想形だと思いました。池澤夏樹の言うところの「集中と高密度と効率追求ばかりを求めない分散型の文明」への挑戦であり、その成功例だと思えます。池澤は原発事故後の日本が、そういう方向へ変化することを期待していると言っているのだけれど、私の中では「春を恨んだりしない」と「タラブックス」が繋がってしまいました。すべての会社がタラブックスみたいな姿勢で誠実に丁寧にモノづくりをしてくれたら世界は変わるのに。

 

ついでに…シリーズ、草間彌生と岡本太郎も。

草間彌生は、最近なぜかとっても好きになりました。昔は水玉の人としか思ってなかったんだけど。大地の芸術祭~越後妻有アートトリエンナーレに行ったとき、松代農舞台というミュージアムの外に「花咲ける妻有」という屋外作品があり、それがあまりにも特別な存在間で、以来気になりだしました。去年のコロナ自粛の時の草間の全世界へのメッセージにも感動して、コロナが収まったら松本市美術館に行くと決めてたのに、実現しないまま。美術館はこの4月からリニューアルのための休館に入ってしまいます。残念!

岡本太郎も昔から気になる存在。青山の岡本太郎記念館は何回か行ったし、渋谷の駅の巨大壁画「明日の神話」はわざわざ見に行って、どうして誰も足を止めないんだろうと思いながらずーっと見てたし、千葉劇場でドキュメンタリー映画「太陽の塔」も見たし。本物の太陽の塔にはまだ行けてない。ネット予約の登録だけはしてあるけど、いつ行けるんでしょうか。

 

ここまで、このところ読んだ本、入手した本のこと書いてきましたが、うちの本棚には結構いろんな本があります。時々眺めているのは、アールブリュット・アウトサイダーアートの本。右の写真の本の表紙になっているのは澤田真一さんの作品で、とげとげのある不思議な生物。私はこれが大好き。彼は日本のアウトサイダーアートでは有名人です。なんだか癒されるんだなぁ。

名嘉睦念の版画集や詩画集、絵本もあります。睦念さんを知ったのは、「ガイアシンフォニー・地球交響曲」というドキュメンタリー映画でした。それぞれストリーがあるものです。

 

絵本もいろいろあります。まじめに読んで考える本に疲れると、絵本を見ます。

お気にいりは、五味太郎。「はやくあいたいな」という絵本は、思い出もあり個人的にお気に入り。ユリ・シュルビッツの「よあけ」と言う絵本はことばはほんの少しだけ、すごく美しい。そんなこんないろいろありますが、それはまたの機会に。

 

読書の春のきっかけは岬多可子さんだと書きましたが、実はその前段があります。

それは「やまゆり園事件」(神奈川新聞取材班・幻冬舎)という本。昨年の秋、長い時間をかけて読みました。

言うまでもなく、相模原のやまゆり園で障害ある人がたくさん殺されたり傷つけられたりした事件でです。この本は辛くて読み進められなくて、少しずつ読みました。それを読み終わったことが、私の中で、ちゃんとした本をちゃんと読もうという思いにつながったのだと感じています。

 

この事件の被害者の中で、唯一実名と顔を出して発信しているのが尾野一矢さんとご家族です。彼らの事件後の生活が、4月に上映会をすることになった「道草」という映画の中に出てきます。

重い知的障害、自閉や行動障害を持つ人の一人暮らしとその支援者たちを追ったドキュメンタリーですが、東京都内の話です。

 

ドキュメンタリー映画「道草」、ぜひ見てください。きっと何かが見つかります。

 

「道草」上映会は、4月10日(土)14:00、11日(日)10:30と14:00 の3回です。

ご参加をお待ちしています。 (3月29日 佳)


2021年2月27日土曜日

ミティラー美術館展

 

ほぼ出掛けないで自宅にいる生活が続くと、時々あーどっか行きたいなぁと思います。
先日、そんな日がやってきて、たまたまインターネット見てて見つけちゃった面白そうな展覧会、「これ行こう!」と即断、暖かな春の日和にも誘われて、「ミティラー美術館コレクション展」に行ってきました。
 
(写真は「ヴィシュヌ神と宇宙創造」リーラー・デーヴィー)

 

 

場所は、墨田区にある「たばこと塩の博物館」、あれ渋谷じゃなかったっけ?と思ったら、5年前に移転していたのでした。押上駅やスカイツリーのそば、錦糸町からも歩いて行けるので、私たちは錦糸町から歩いていきました。横川親水公園という川沿いの遊歩道みたいな公園をのんびり歩いて20分ぐらい。いいお散歩コース。

 

平日なのでとっても空いてる、館内で会った人は10人に満たないくらい。全然密じゃない、コロナ禍のお出かけに最適です。その上、すっごく面白かったのでした。

 

ミティラー美術館展~インドコスモロジーアート・自然と共生の世界

 

展示されているのは、ミティラー画、ワルリー画、ゴンド画、というインドの民族絵画。それぞれ特徴的、民族の中で長い年月受け継がれてきた、素朴な、それでいて心惹かれる絵画たち、私の好きなアウトサイダーアートにも通じるところがあります。絵についているお話もとても興味深くて、キャプションも一生懸命読んじゃいました。

 

ミティラー画

 

ガンジス川とヒマラヤ山麓に挟まれて古来ミティラー王国として知られた地で、3000年にわたって母から娘へと伝承されてきた壁画や床画。

 

ヒンドゥー教の神々や宇宙創造・自然を、漆喰を塗ったばかりの小屋の泥壁に描き、神々を招来するために米の汁をすりつぶした白い液汁で掃き清めた大地に絵を描く。

結婚式の前には、村の女性たちが集まり、花嫁と花婿が最初の5日間を過ごす家の壁面に、コーワルと呼ばれる壁画(7つの蓮華と中央を貫く竹の周りを吉祥と豊穣のシンボルで埋め尽くす)を描く。

 

何千年もの間受け継がれてきた。1967年以降、女性たちの自立と独立の美術運動によって紙に描かれるようになり、ミティラー画と呼ばれて欧米で芸術性が高く評価されるようになったという。

 

描くのは女性のみ、女性は神にも大地にも近い存在ということでしょうか。

 

 

ミティラー画の第一人者と評されるガンガー・デーヴィーは、1982年ミティラー美術館のオープン時に来日し、その後何度か来日して描いています。1991年に没した彼女の未完の遺作が飾られていました。ミティラー画の特徴は、隙間を花や動物、鳥、幾何学敵図形で満たし空白を作らないことなので、葉っぱや鳥で満たされる予定だったのだろうと思います。未完だけど十分に素敵な絵です。

 

ちなみに、彼女の「上弦の月を食べる獅子」という作品が、夢枕獏さんの同名の小説を生み出すきっかけになったものだそう、夢枕氏は運命のような出会いと言っています。

 

 

現在のミティラー画の代表的作家ボーワ・デーヴィーの「月に引かれる汽車」。ミティラー美術館の館長さんが月と汽車をテーマにした作品を描いてと依頼し、よくわからないと断った彼女に、月が汽車を引っ張るのはどう?と提案し、それならわかると描いてくれたそうです。どちらも豊かな想像力をお持ちですね、思わず微笑んでしまうようなエピソードです。

 

 

ワルリー画

 

 

マハーラーシュトラ州ターネ―県に居住する人口40万人の先住民族ワルリー族による壁画。赤土の壁に米をすり潰した汁と水を混ぜた白い絵の具で描く。結婚式や祭りの際に描かれる画、こちらは、男性も女性も一緒に描くという、男女共同参画。万物をはぐくむ女神、祖先、聖霊、自然神を崇拝し、農耕と時に漁業によって暮らしている。素朴な生活が育んだ原初的な絵画。インド政府の先住民族振興策によって、現在では紙にも描かれるようになった。

シヴヤ・ソーマ・マーシェによってワルリー画の新しい流れが始まった。アルタミラの洞窟画にあるようなシンボライズされた森や鳥、神話を描きながら、儀式のためではなく芸術性の追求のためにも描く。見えない霊や人知の及ばぬ世界を描いてきた原始の人が持っていたであろう力を持ち、ワルリー族の多くの伝統と知識を持ち、ワルリー語しか話さず森に住む生活をしつつ、世界や日本にも招かれている。彼の息子たち、サダシとバルー、及びシャンタラーム・ゴルカナなど現代的センスを持つ新しいワルリー画の描き手が現れている。

 

ここまで書いて、ふと気が付きました。ワルリー族、シヴヤ・ソーマ・マーシェ、東ティモールと同じですね。祖先を敬い、見えない聖霊の力(ティモールではルリック)を信じ、大地や森を大切にする。アレックスが語っていたことと同じです。きっと素敵な人だったろうと思います。アボリジニ、インディアン、アイヌ…世界中の先住民族と呼ばれる人たちには、似たような神話があり、見えないものを信じ、怖れ敬う気持ちがあります。それって、人間にとってとても大事なこと、それを思い出させてくれる絵でもあります。

 

シャンタラーム・オルカナのカンサーリー女神(豊穣の女神)は夫のお気に入り。いつも貧しいが人のために時間を費やしたり食べ物をあげたりしているやさしい男に、カンサーリー女神がお米を施した。女神の持つ竹籠からお米が次々ト溢れていった、という絵。お米の山、一粒一粒、すごい!

 

新しい世代のバルー・シヴヤ・マーシェが描いた馬とパーンチシラー神は馬に乗った5人の神様が村を見回るところ。父のシヴヤの村の結婚式、儀式にまつわる様々な場面が描かれています。木も人も、ぜーんぶ違う、流石です。

 

ゴンド画

 

ゴンド族はインド最大の先住民族で人口約1300万人、デカン高原中部から北部、マディヤ・プラデーシュ州に多く住んでいる。古生代に南半球に存在したと考えられる超大陸ゴンドワナ大陸はゴンド族の森に由来する名前だと言われている。それほど古い民族ということ。もしかして、ゲド戦記でゲドの故郷ゴントの森もそれと関係あるのかな。

 

ゴンド画は、ジャンガル・シン・シュヤムによって始められた新しい絵画。彼はゴンド族ではなくパルダーン族でしたが、民族の枠を超え、想像力を駆使してゴンドの森に住む生き物、神々、伝説を描いて、ゴンド画の創設者となる。

 

 チャーンディー女神は女神に見えないし、虎も虎に見えない。(チャーンディー女神はプァルワーリー女神の化身の一つ、自分への祀り画おろそかになっていると思うとこの女神のかたちをとって現れ、災難を引き起こす、人々が祈ると村の誰かに女神が乗り移るとか、よくわかりませんがこのお話も面白い)

 

ゴンド画は、神話や森の動植物をモチーフに連続したパターン模様と色鮮やかな色彩で描くのが特徴的です。現在は、今てきなモチーフも、シャンガルは飛行機や自転車などもかいています。なんか素敵です。

 

余談ですが、インドの本屋さんタラブックスに「夜の木」という美しい絵本があります。夜の間に別の姿を見せる木の物語をゴンド画の3人の画家が描いたもの。2018年に「世界を変える美しい本~インド・タラブックスの挑戦」という展覧会があって、行きたかったけど行けませんでした。

 

タラブックスも2人のインド人女性によって起ち上げられました。ここでも女性の力、インド、侮れませんね。

 

ミティラー美術館はインドにあるのかと思ったら、何と日本の新潟十日町にあります。雪深い森の廃校になった小学校に、それも40年も前からあるそうです。私立の美術館であり、数多くの作品を所有し、来日するインド人の描き手の創造の場でもあります。豊かな里山の四季も感じられるところであり、冬は雪が4メートルも積もる豪雪地帯です。

新潟と言えば、大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ、その会場もすぐ近くのよう。全然知らなかった。大地の芸術祭は3年前に行きました、その時知ってれば行ったのにね。

コロナが落ち着いたら、ぜひ訪ねてみたいと思います。

 

ところで、インドでは何千年に亘って受け継がれてきた民族絵画がある。日本にはなぜないのでしょうか。日本には、土器とか埴輪とかの造形文化はあります。でも絵というのはあまりありません。もっと時代が下って、絵巻物とか絵物語とかがあり、絵師と呼ばれる人が出てくるまでは、仏教絵画くらい、民衆が受け継いできたものはあまり見当たりません。壁画というのもあまりない、ごく一部、高松塚古墳とかキトラ古墳とかにあるだけ。これはなぜか、考えてみると、インドやアジアの遺跡は石の文化。それも大きい。日本では古墳と言っても、緑で覆いつくして丘のようにしてしまう。住宅は木でできていて、壁画を描くという発想がない。受け継がれる物語や神話はあるけれど、それらは口承で伝えられる。また、比較的早くから文字を持っていたことも影響しているかもしれない。アボリジニは文字を持たず、絵と音で伝承を行っていたのだそう。インドでもそうなのかもしれませんね。

そもそも神話が面白い。神々は妙に人間臭く、おおらかでいろんなものに変身する。神話や民話、その成り立ちについても、もっと調べてみたら面白いかもしれません。

 

 

常設展も覗いてみました。これが結構楽しめます。

たばこについての歴史的経緯と喫煙具の変遷、日本のタバコの移り変わり。

塩については、世界の塩田や日本の塩田、今の塩の作り方、へーそうなんだと思うことがいっぱいありました。

おまけにちゃんとした喫煙室が館内にあり、愛煙家の夫は喜び勇んでタバコ吸いに行ってました。どこに行っても、タバコ吸うところを探してウロウロしてるから、嬉しかったみたいです。

ちょっとしたカフェがあれば、言うことないんだけど。

 

せっかくの錦糸町で、何か食べて帰りたいところでしたが、電車が混む前にと帰路につき、このところ恒例の千葉のエキナカで、テイクアウトグルメ、黙食より家に帰っていろいろお喋りしながら夕食にしました。早くちょっと一杯飲んで帰れるようになるといいのですが…。

 

ミティラー美術館コレクション展は、202126日から516日まで、入館料100円、写真撮影OKです。

 

2021227日 佳)

 


2021年1月24日日曜日

コーヒーミルの話

 

2021年1月。

このところ、夕食後に手挽きのミルでコーヒーを淹れて飲むのが、恒例とになっています。


よく使うミルはこの2つ。

右側は、ダイソーの500円ミル。

左側は、ドイツのKyMというメーカーのミルです。


なぜそうなったのかというと……。



ことの始まりは、昨年12月に、一宮のダイソーで500円ミルを見かけたことでした。

ダイソーが500円ミルを出した、それが結構いいらしいと話題になったのは、去年の夏ごろでしょうか。うちの夫がずーっと見てる、名古屋のフレーバーコーヒーというコーヒー豆屋さんのYouTubeチャンネル「週刊フレーバー」で、早速取り上げて、いろいろ実験を試みた結果、結構使えると言っているとのこと。へーぇ、中川さん(フレーバーの店主でかなり興味深い人物)がそう言うなら、買ってみてもいいかもね、なんて話してたけど、どこのダイソーにも売ってなくて、忘れかけていました。それが一宮のたいして大きくもきれいでもない店舗にあったので、思わず衝動買いしちゃいました。

使ってみたら、ほんとにちゃんと使えます。刃は臼式で豆の粒度も5段階に挽き分けられる、デザインはシンプルでいい感じ、挽いたコーヒーのストッカーとしても使えるみたい。難はハンドルがちょっと短いので挽きにくいこと。でもこれには意味があって、上のねじを緩めてずらすと、ハンドルが本体の直径と同じになって収納の邪魔にならない、なるほどね、優れものです。


これをきっかけに、手動のミルに改めてはまって、夕食後のデザートと一緒に飲むコーヒーは、手でカリカリと挽いて入れるようになりました。そこで登場したのが、しばらくほっといたままだったKyMのミル。これはお店で使っているフジローヤルのミルを買う前にヤフオクで買ったもの。いわばヤフオクの練習で落としたミルです。KyMというのは西ドイツのメーカーで、1980年まで100年以上にわたってコーヒーミルを製造、主にヨーロッパで使われていたミルですが、さすがドイツ、今でも立派に使えるミルだそうです。これは手に入れた当時、いろいろ調整して、松屋式で淹れられるようにしてありました。このミルは豆を入れるところにふたがないので、挽いていると時々豆が飛び出してきちゃう、それでCDに切り込みを入れたものをかぶせています。細工したのは夫、そこに絵を描いたのは私。


手挽きは結構時間かかりますが、その時間も楽しみながらゆっくりゆっくり豆を挽く、そんなコーヒーの楽しみ方を思い出して、それが気に入ってるようで、夫は毎晩手挽きでコーヒーを淹れてくれています。ついでに、カリタとかハリオとか、ネルドリップ風に松屋式の金枠を使ったりとか、久しぶりにマキネッタでカフェラテ風とか、松屋式でない淹れ方もまたいろいろやるようになっています。

それもダイソーのミルのおかげ、500円、十分もとが取れてますね。


因みに、「週刊フレーバー」面白いですよ。松屋式の伝道師ともいうべきフレーバーコーヒーの中川さん、フレーバーの高級ブランドである環の代表(女性です)、ものすごいコーヒー通である帰山人さん、ずーっと司会役を務めてきた松本君などが、コーヒーに関する多彩な実験やトークを繰り広げながら、毎週水曜日の9時からYouTubeで1時間強のライブ配信しています。よくぞコーヒーでそんなに話題があるよなと思いますが。

私は時々しか見ないけど、夫は始めの頃から全部見たらしい、うちが松屋式になったのも、週刊フレーバーが始まり。(数年前には西尾のフレーバーコーヒー迄行っちゃいました。)



お店で活躍中のミルはこの2つ。

右側が、フジローヤルのR440。

左が、カリタのナイスカットミル。


ナイスカットミルは、高円寺で炎の雫を始めたときに購入しました。もう8年ですね。当時は、カリタのドリップで1杯立てにしていて、その都度豆を挽いてました。

今は、ドリップバッグや水出しコーヒー用のパックを作るときに使っています。

比較的細かく挽くとき用です。


フジローヤルの方は松屋式のために買いました。

松屋式では、コーヒーを粗く挽く必要があります。うちにあったナイスカットミルでは、一番粗びきにしてもまだ細かい。どうしようかと思っていた頃、たまたまフレーバーコーヒーに行ったので中川さんに相談すると、R440を買えばいいと言います。「でも高いでしょ?」というと「ヤフオクにいっぱい出てるよ」というわけでヤフオク見てみることにしました。ヤフオクは全くやったことがなかったので、何かやってみようと落としたのが、前述のKyM。システムがわかったし大丈夫そうなので、その後真剣に探して、失敗に終わったのもありますが、何とか手ごろな値段で入手。使ってみて全然だめだったらどうしようと思いつつ、幸いなことにちゃんと使えるのがきました。それで、松屋式でコーヒーを淹れる時はR440使っています。


ついでに、うちにあるミルであまり使っていないやつも紹介しましょう。

右側は、装飾用のアンティーク調のミル。これは全然使えません。豆はほぼ挽けません。お友達にもらったものです。

左側は、CAPTAIN  STUGGのミル。キャンプ用。

これは使えます。小さくてかさばらない、ハンドルは取れます。旅行に行くときに持っていって、旅先でコーヒー豆を買ってホテルで飲む、そうやって使っています。

青森、長野、愛知、三重、島根、そして奈良、一緒に旅しています。

またこれ持ってどこかに行きたいなあ。


最後に。

11月のブログに書いた木幡東介氏が、先日、切り絵の作品を持って訪ねてくれました。お預かりしたのは2点。魚と蛇。店内に飾らせていただきました。(作品は購入も可です。1点15000円。)

とても素敵です。見に来てください!

 

今年ものんびりやっていきます。どうぞよろしくお願いします。(2021年1月24日 佳)


2020年12月23日水曜日

家で楽しむ。

MERRY CHRISTMAS !!

 

2020年も残すところあと少し、ステイホームの日々です。

 

今年は生柊のリースを作ってみました。

勝手口のところに柊の木があって、どうせなら全部生でと思い、土台にしたのは雑草のヤブカラシ。木にまとわりついてたのを引っ張ってとって、枯れかけていたのを拾ってきました。ところがこれが大変。ヒイラギの葉っぱの痛さは半端じゃない。いてっ、いてっ、と言いながら作りました。庭に生えてる木になった赤い実と紅葉の葉っぱもつけてみようとしたのですが、ぽろぽろ落ちちゃうし。なのに出来栄えは、なんか地味で今一つ。苦労したのに。

 

紙コップの天使は、去年「ごはんの会」のみんなと作ったもの。今年は1回もごはんの会ができなかったぁ。

 

 

クリスマスツリーも出してみました。

ついでにサンタさんも。

 

炎の雫の店内、客席で、コーヒー飲みながら休憩中のサンタさん。

実は、サンタさんはクリスマスが終るまで、ずーっと休憩してます。

いいのかな?

これ、廃木アートです。

 

天気が良くて暖かい日、庭に出て、伸びすぎちゃった木の剪定をしました。切った枝を見てたら、形が面白い。試しに葉っぱや細かい枝を落として、これフェンスにつけたらアートかもと思ってつけてみました。

 

もともとあった塀が強風で落ちて細い鉄の棒を立てて、その下に生えていたアイビーを絡ませる計画だったのですが、全然うまくいかず、アイビーは持ち上げたら枯れっちゃうを繰り返し、やっとこの植物は上から下に垂らすのはいいけど下から上はダメなんだとあきらめたところ。だったら剪定した枝でアートしちゃおうと遊んでみました。

廃木アート、結構いいかも、と自我自賛しています。

果実と野菜。

保存して長く美味しく食すには、手をかけなくちゃなりません。

今年もゆずがたくさん生って、ポン酢作ったり、ゆず酒を漬けたり。皮はゆずピールにして、そのまま食べようと思ったら、固くて食べにくいので、ラム酒につけといて細かく切ってフルーツケーキに入れました。

梅仕事ならぬゆず仕事。今年は梅が全然とれなくて、毎年作ってる梅酒が漬けられなかったので、代わりにゆず酒、どんなか楽しみ。

梅酒は去年漬けたやつを出して、中の梅の実をジャムにしました。

3年前に、松枯れ病になって切った松の代わりに植えてもらったレモンの木が、今年はたくさん実をつけたので、氷砂糖でレモンシロップも作ってみました。

 

静岡の弟から送ってきた椎茸も、生で食べて、冷凍して、干して。干すのは丸ごとでもいいけど、スライスして干すと時間も短縮でき、使い勝手もいいですよ。

大根の季節になり、近所の方に大根をいただいたので、切干大根も作りました。

なんだかんだで、天気のいい日は結構忙しい。

 

7年前、高円寺の炎の雫で、高機能自閉症の田中佑芽さんの作品展を開催しました。これはその時展示した作品の一つです。

まだまだ先が見えない状況の中で、勇気を与えてくれる言葉です。

 

来年になったら少しは良くなるのだろうかと考え込んでしまいますが、何とか乗り切っていきましょう。家で遊べることはたくさんあります。楽しいこと見つけてくださいね。

 

誰もが以前の暮らしを取り戻し、自由にどこかへ行ったり、食べたり飲んだり、喋ったり笑ったりできる日が来ることを、心から願っています。

 

少し早いですが、良いお年を。

 


炎の雫、カフェは12月27日(日)まで、年明けは1月8日(金)からの予定です。

(2020年12月23日 佳)

2020年11月24日火曜日

今、再び…

寒くなってきましたね。

 

コロナで何もしないまま一年が終ろうとしている11月半ば、うれしい再会がありました。

 

木幡東介というミュージシャンであり切り絵作家がいます。高円寺の炎の雫で、何回かライブをやってもらいました。

最後のライブの時にもらった彼の作品をお店に飾っていたところ、とあるお客様が興味を持たれて、欲しいとのこと。それは白い蛇を描いたもの、蛇がいたく気に入ってしまったようです。買えませんか?と言われて、連絡を取ってみることにしました。高円寺以来、まったく連絡していなくて、どうしようかなと思いながら、はがきを出してみました。

 

彼は飯能の山の中で犬たちと暮らしています。私の直感で、メールや電話じゃなくてはがきがいいかなと。すると連絡が来て、数日後、車で千葉まで訪ねてきてくれました。奥様と盲目の犬と共に。高円寺の頃は独身だったので、ちょっとびっくり。相変わらず音楽も切り絵も続けている、3年ほど前に結婚した、今は犬(甲斐犬です)は8頭いるなどと近況を話してくれて、話題は音楽状況、社会状況、若者たち、表現、‥多岐に渡りました。久しぶりにそんな話ができて、とても楽しかった!また海が見たくなった頃来ます、と言って夕暮れに帰っていきました。

5年以上経って、今再び、彼との関係が繋がったこと、とてもうれしく思います。お店をやってると、ごくたまに、そういう思いがけない展開があったりします。それこそ、お店を続けている価値であり喜びです。

 

「蛇は今これしかないんだ」と持ってきてくれた蛇の切り絵はとても素敵で、ずっと置いときたいくらい。翌週、作品をご所望の方は、映画上映会に来店され、とてもいいと気に入って、ご購入いただきました。蛇の切り絵、炎の雫には一週間の短期滞在でした。ちょっと残念。

作品のポストカードもお預かりしました。動物や魚や虫がモチーフ。1枚100円。限定45枚。(4枚売れて今41枚) 炎の雫にて販売中です。

 

(写真は木幡東介作品 甲斐犬の切り絵・発端となった切り絵ではない蛇・ポストカード) 

 

こちらは、再上映会。

 

ドキュメンタリー映画「逃げ遅れる人々~東日本大震災と障害者」監督:飯田基晴

11月22日(日)午後2時より。

 

上映会は外房では3回目、高円寺時代にも6回上映会をやっています。私が初めて見たのは2013年、当時勤めていた杉並区の児童館の先輩職員が企画した上映会でした。

(*ブログ・外房編の過去他のところに「逃げ遅れる人々を2年ぶりに見る」2018年2月26日 があります。ご参照ください。)

 

今回の上映会は、いつもお店に来てくれて個人的にも親しくさせていただいている方の「ぜひ見たい!」というご希望によって実現しました。

★そういうご要望があればぜひ連絡ください。対応します!

 

震災から10年が経過しようとしています。このタイミングで、今再び、「逃げ遅れる人々」を見ることの意味、見たら何を感じるのか、忘れてしまっていることもあるかもしれない、今だからわかることもあるかもしれない、いろいろ考えながら見ました。

 

私がいつも心を揺さぶられるシーンの一つに、鈴木絹江さんの言葉があります。福島で、自ら障害を持ちながら障害者団体を運営している絹江さん、原発の事故で非難を余儀なくされた被災者でありつつ、自分は政治のことについて無関心だった、原発のことも「じゃあなたは何をしてきたの?と言われれば

何もしてこなかったんだよね」と。いつも彼女の姿にははっとさせられ、その問いは私自身に突き付けられます。今回もやはりそうでした。こんな状況だからこそ、あなたは何をしているの?という問いは重くのしかかります。何かできるでしょうか。

他にも、引っかかるポイント、どうして?と思う疑問、心に残る言葉、たくさんあります。人間が生きていくことの本質にかかわることが、障害者という形を借りて描かれているとも思えます。

 

この映画は、震災の1年後に監督が再び出演者たちを訪ね、1年経っても何も変わらないという彼女たちの言葉がエンディングにつながっています。10年経つけれど、何か変わったんだろうか、10年経っても何も変わらないと言われてしまうのではないだろうかと危惧しています。この10年の間に、少しでも良い方向に進んでいることを、切に願います。

 

今年は柿が全然とれなかったけど、毎年いっぱいなるゆずはやっぱりいっぱいなって、恒例のポン酢を作りました。加えて、一昨年末の木を切った後に植えたレモンが10個以上実をつけたので、レモンジュースを作ってみました。無農薬だから安心。おいしいです。 (2020年11月24日 佳)


初夏の旅~奈良から大津へ

  新緑の美しい初夏の奈良から大津を旅してきました。今回の旅の目的は、特別公開の仏像を見ることと、今まで行きたいと思ってたけどまだ行っていないところに行くこと。 順にご紹介していきましょう。 (今回の旅の目的の一つは特別公開ですが、公開される仏像はほぼすべてが撮影不可です。なので...