2025年12月28日日曜日

熊と人

今年の漢字は「熊」だそうです。確かに、熊に関するニュースがたびたび世間を賑わせています。日本にいる熊は、北海道のヒグマと本州のツキノワグマの2種類。私の住む千葉県は、本州で唯一熊がいない県として話題になり、観光客が増えたとか。


環境省の発表によると、4~11月の熊による被害は230人と過去最多になりました。死者が13人とこちらも過去最多。

熊の出没件数は、捕獲数を公表していない北海道を除いて36814件。

8月には北海道羅臼岳で登山者が熊に藪の中に引き込まれて翌日遺体で発見されるという衝撃的な事件がありました。それ以降クマによるニュースが頻発。被害が多いのは、岩手県、秋田県、青森県、福島県と東北地方が主。10月には、秋田県東鳴瀬村で、4人がクマに襲われて1人死亡。岩手県北上市の瀬美温泉では露天風呂の清掃中の従業員が熊に連れ去られて後に遺体で発見。新潟県湯沢町では駐車場で宿泊客が襲撃されたり、長野で雪下ろし中の作業員が襲われたり。数え上げたらきりがないくらい。

また、キャンプ場に現れたり、町なかのスーパーや倉庫や銀行に立て籠ったり、保育園や小学校に侵入したり。東京や神奈川でも、人の生活圏(観光地も含めて)すぐ近くで目撃情報、こんなに熊が身近に出没するようになったのは驚きです。

(写真は10月23日、岩手県盛岡市中津川の河川敷を移動する熊)


原因についてはいろいろ言われています。

個体数の増加、分布域の拡大、どんぐりなどの凶作によるエサ不足、狩猟者数の減少、里山の荒廃、過疎化と高齢化、耕作地の放棄や空き家増加による人の手の入らない領域の拡大‥。様々な要素が複合的に作用して、熊が人里に入り込む事例が頻発し、2016年以降はこれまでとは違う新しいフェーズに入ったようで、今後は熊が出るのは当たり前という時代に入るといいます。


そもそも、熊は賢い動物です。知能は高く、犬と霊長類の間、3~8歳程度と言われています。好奇心旺盛で学習能力もあり、人間でいうと小学生から中学生程度の記憶力、学習能力を持つと推測されますが、経験を積むと20~30代の知恵を持つとも言われています。人間の食べ物と味を記憶し再び訪れる、罠にかかった経験からその仕組みを理解して避ける方法を学習する、岩をどかして踏み台のように使うなど道具を使ったり、クーラーボックスの仕組みを理解して開ける、猟師をだますために足跡を消すなどの行動も確認されています。

ドアを開けたりするのは当然できます。だから作業小屋に入り込んで冷蔵庫のドアを開けて中のお米を食べたりできるのですね。そこまで賢いとは、私全然知りませんでした。びっくりです。どんどん賢くなったらどうなっちゃうんでしょう。


本来はほぼベジタリアン的な雑食。木の実や果実、タケノコや山菜を食べ、アリなどの昆虫を食べ、時に魚や動物の死骸を食べます。決して自ら狩りをして動物を獲って食べる動物ではありません。性格は臆病で、基本的には人間を避けるはずなのですが。

人馴れした熊は、人間を恐れる必要がないことを学習してしまった熊で、これは非常に危険な状態。そういう熊が増えてきてしまったことが、最近の熊被害の増加のベースにあるのなら、とても怖いことです。

(*この写真のクマは民家の庭の柿の木に2日間居座って柿を食べ続けました。)


熊を神性な存在として崇め、畏怖の対象としている民族もあり、それぞれ熊との付き合い方があります。シベリアでは熊は祖先とされ、ともに生きている存在であり、家族の呼び名で呼ばれています。先住民によってそれぞれのクマの祭りがあリ、狩猟は儀式的で、聖なる意味を伝えて行われ、狩った後は熊の力、知恵を身に付けるために食べます。ある民族では、一人の狩猟者が狩ることのできる数は限られていて、その数を超えたら、あの世からの罰を受けて自ら命を絶つことになっているそうです。


これに近いのがアイヌの文化。ヒグマは「キムンカムイ」として崇められる最高位の神の一つで、人間に肉や毛皮を与える存在。熊を狩ったら「イオマンテ」という霊送りの儀式を行い、その魂(カムイ)を神々の世界に送り返すことで、再訪とさらなる恵みを願います。冬眠中の熊を獲った際に子熊がいたら捕獲し、1~2年大事に育てて、成長したら豪華な装飾と食べ物を持たせて神々の国へと送り返します。育てることは神へのおもてなし、そうすることで神が地上に多く訪れてくれると考えていました。人を襲うなど、人との境界を越えた悪い神は「ウェンカムイ」。肉は食べず、魂を地上に返さないようにする特別な儀式を行って処理されます。

(この写真は北海道デジタルミュージアムより「カムイへの祈り―信仰」)








また、日本のマタギにもアイヌと同じような精神性があります。マタギとは、北海道や東北地方の山岳地方で、クマなどの大型獣を伝統的な集団猟で狩って正業をたててきた人々の集団のこと。巻狩りと呼ばれる方法で、熊を山の神からの授かりものとして尊び、独特の儀式と独特の言葉を用いながら役割分担して狩りを行います。熊は山の神の化身、魂を山に送り返す儀式を行い、獲物のすべての部位を余すところなくいただく、その一方で、マタギは知識と技術をもって熊が里に近づかないようにする共存の知恵を持っています。

現役のマタギが言うには、「巻狩りによって熊を威嚇し、ここから先は人間が住む領域として認知させる。それを数百年以上前から毎年欠かさずやり続けていれば、熊も寄り付かなくなる。自己防衛であり、暮らしを守る手段であり、熊との共存の知恵である。」


マタギを追った映像をみましたが、なんだかすごく荘厳で美しかったです。現代ではマタギは減少し、巻狩りが成り立たなくなりつつある、その状況を危惧しています。

(写真はJBpressセレクションより「冬のマタギ」/ 「阿仁マタギがクマを捕獲した際に行う『ケボカイ』山神様への感謝と授かった熊の供養、そして今後の豊漁を願う。」)


神話や童話の中にも度々熊が登場します。

神話の例。北ユーラシア(アイルランド)では、熊は祖先や精霊と同一視される神聖な動物であり、知性や癒しの象徴。ケルト神話で、アルトゥスは大自然の脅威を体現する森の王で力と勇気の象徴。アルティオは母性を象徴する熊の女神。


フィンランドでも、熊は神や精霊と同一視される存在。ここでも熊を狩った後、その魂を来世に送りだすための儀式として盛大な熊祭りが行われ、死と再生、豊穣を願います。フィンランド神話に登場する「ホンガタル」は松の木に由来するクマの母神です。


カナダでは、先住民にあがめられるスピリッド・ベアという白い熊の神様がいます。氷河時代の記憶を伝える神の使いとされ、森の守り神。特定地域に生息し、数は限られていて、大切に守られています。



熊は人間にとって親しみやすい存在でもあり、たくさんのお話のキャラクターになっています。お話の世界で最も有名なキャラクターは「クマのプーさん」でしょうか。イギリスのA・A・ミルンの書いた児童小説。熊のぬいぐるみではちみつ大好きなプーさんと、クリストファー・ロビンや森の仲間たちの日常が楽しく描かれています。


プーさんが何で赤い服を着ているかというと、クリストファーロビンがプーさんにミッキーマウスの赤い服をハサミで切ってきせてあげたからだそうです。(ディズニー版の裏設定では、ミッキーマウス自らが自分の服を着せてあげたとなっているらしい。)

来年はプーさん生誕100周年だそうです。長く愛されているプーさんです。


プーさんのモデルになったのはテディベア。キャラクターとして一番有名な熊はこっちかな。

テディベアは1902年第26代アメリカ大統領のセオドア(愛称テディ)ルーズベルトが、瀕死の熊を助けたというエピソードが漫画として新聞に載り、感銘を受けたお菓子屋さんがぬいぐるみを作って大人気になり、世界中に広まりました。欧米では、赤ちゃんが生まれたら最初の友達として贈る習慣があります。テディベアのぬいぐるみ、持ってる方、多いんじゃないでしょうか。

伊豆に「テディベアミュージアム」というのがあって、アンティークのテディベアが展示されています。HPで見た1904年製のテディガール、とってもかわいい!ぬいぐるみ作りの体験もできるみたいで、ちょっと行ってみたくなりました。(伊豆急の伊豆高原駅下車10分)



熊の絵本、たくさんありますね。「くまのパディントン」「くまのコールテンくん」「3びきのくま」「くまのこウーフ」こぐまちゃんのシリーズ、よるくまのシリーズ‥。

うちにあるくまの絵本で一番かわいいくまはこれかな。

「よるくま クリスマスのまえのよる」(酒井駒子作・白泉社)

炎の雫では今、クリスマス関連の本を展示していて、それにも入っています。欧米ではクリスマスは日本のお正月みたいなもので1月6日ころまで続くそうなので、年明けまでこのままにしておこうと思っています。


昨今の熊と人間の現実に戻りましょう。人に危害を与えるかもしれない熊をどうするか、駆除するのか、山に返すのか、人と熊の境界をどうやって守るのか、熊が出たらどう対処するべきか。答えはどこにあるのでしょうか。


熊と共存している(?)アラスカで暮らす日本人のネットの記事を読みました。アラスカには10万頭以上の熊が生息していて、町にもよく出没する、でも森で狩りをする人はいても、駆除しろという人はいない。生活の一部に熊がいることは当たり前。警察からの注意事項は、近づいて写真を撮るな、冷静で分別ある行動をとれ、本当に危害が加えられる危険がある時だけ110番(向こうでは911)しろ、というもの。(暗に熊がいるくらいで警察に電話するなと言っている。)。ゴミ箱は熊が開けられないような構造になっているそうです。(写真はアラスカのゴミ箱と熊。横に注意書き。アラスカ警察のFacebook)

熊は出没してもほとんど庭の木の果実などを食べていて、基本は人間や犬をみたら逃げる。年間数件しか被害は起こらないので、恐れず、ほっとけばいいという感じだそうです。事件を起こした熊を調べたら、過去にも人を襲っていたことがわかった例も複数あったようです。裏を返せば、ほとんどの熊は殺人グマじゃないということ。アラスカでは、それを人間がちゃんと理解しているのですね。そりゃそうだ、人間だって殺人者になるのはごくごく稀な例で、ほとんどの人はそんなことしないのですから。日本人は怖がりすぎ、熊が出たら殺されると思って大騒ぎしています。


興味深い研究もあります。人里近くに住むイタリアのヒグマは、小型化して攻撃性も低くなっているそうです。これは人間が攻撃的な個体を排除し続けた結果、遺伝子レベルでおとなしい熊だけが選抜されて生き残ったと考えられ、家畜化症候群に近い現象とも言えるとありました。

(写真はイタリアのアペニンヒグマ、なんかかわいい、ヒグマの種類とは思えない)



かつてオオカミが犬になっていったように、獰猛ではない、人間と共存できる熊が現れ始めているのかもしれません。

でも、人間の行いが、生物を、生態系を変えてしまっていいのかなと、複雑な思いです。


私たち人間は、生態系の食物連鎖の枠の中にはまらない、だとしても、自然界に生きる生物の一つにすぎず、生あるものの命をいただきながら生きているのです。それを忘れずに、熊も、その他の生物も、最大限に尊重しながら生きたいものです。


最後に、阿仁マタギの言葉から、この文章を。

「銃声の後の静かな時間は命と向き合う時間だ。地球上すべての生きとし生けるものの命は等価であり、スーパーで並ぶ牛や豚、鶏もすべて同じ命だということを改めて考えることが必要だと思う。人間はそうした『命』によって生かされている存在だということを今一度認識しなければならない。」


2025年、今年1年間、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

よいお年をお迎えください。 (2025年12月28日 水野佳)





 

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