2025年9月13~21日、東京で世界陸上が開催されました。今回の世界陸上で生まれた唯一の世界新記録、それはアーマンド・デュプランティス選手の棒高跳びの6メートル30センチ。この瞬間を目撃しました。(テレビでですが。)金メダルは6メートル15センチをクリアした時点で決まり、その後の世界記録への挑戦。15日の夜の最終競技となり、満員の国立競技場のお客さんは誰も帰ることなく、固唾を呑んで見守ります。そんな中で3回目の挑戦での成功。大興奮のフィナーレ、テレビで見てても神がかってる雰囲気は十分に味わえました。
デュプランティスは金メダルの賞金7万ドル(約1029万円)と世界記録のボーナス10万ドル(訳1470万円)、合わせて約2500万円を手にしました。凄い!
これはXで奇跡の写真と言われている1枚。世界記録の瞬間です。
私はそもそも長距離ファン、マラソンと駅伝はいつも見て、それ以外の陸上はあまり見なくて、オリンピックとか大きな大会で短距離やリレー見るくらいです。今回の世界陸上も、14、15日がマラソンだったので見て、その流れで15日夜のセッションに3000m障害があって、駅伝でお馴染みの三浦龍司選手が決勝に残り、メダル候補になってたので、それを見たくて中継を見てました。三浦選手の結果は8位で、その後妨害かと物議をかもすことになった試合でした。それが終わって、最後に残ったのが棒高跳びだったので、見てたら、はまっちゃいました。
棒高跳びといえば鳥人ブブカ。結構長くトップに君臨して、オリンピックなどでは敵なし、自分の記録の1センチ上を跳んで記録更新を続けてて、なんだかせこいと思ってました。ブブカの世界記録は5メートル94センチから実に17回、最後は6メートル15センチ、世界陸上は6連覇しています。このブブカに記録更新で迫っているのがデュプランティスです。ブブカの記録を破って2014年に6メートル16センチを出したフランスのラビレ二選手の世界記録を更新、2020年に6メートル17センチを跳びました。それ以来14回世界記録を更新し続け、今回6メートル30センチに至りました。
自分の記録の1~2センチ上を跳ぶのはブブカとおなじ、でもなんだか印象が全く違いますね。
棒高跳びの発祥の地はイギリス。川や運河、垣根などを超えるために棒を使ったことにあるとされています。羊飼いたちが遊びでやっていたとの説もあります。紀元前のアイルランドで行われていたティルティンゲームの一種だったという説も。
19世紀後半に競技化されました。
棒高跳びの記録が国際陸上競技連盟に初めて認められたのは1912年、この時の記録はアメリカのライト選手の4メートル2センチでした。
初期の棒高跳びでは木の棒が使われていました。その頃の記録は2~3メートル。木の棒に代わって、しなやかな竹が使われるようになって、記録は4メートル台になりました。
戦前、日本は棒高跳びの強豪国でした。それは良質の竹が豊富にあったから。1932年のロサンゼルスオリンピックでは西田修平が銅メダルを獲得、1936年のベルリンオリンピックでは、西田と大江孝雄が同記録で銀メダルと銅メダルを獲得しました。この時の記録は4メートル25センチ、2人は5時間を超える試合で疲労困憊し、2、3位決定戦を辞退。先にクリアしたした年長者の西田が2位、大江を3位と届け出て公式に認められました。帰国後、銀と銅のメダルを半分に割ってつなぎ合わせたメダルに作り直し、これは「友情のメダル」として永く語り継がれています。
戦後、1960年代になると、グラスファイバー製のポールが登場します。これによって、それまで高さの限界といわれていた16フィート(4メートル87センチ)がクリアされ、記録は5メートル台に入っていきます。棒高跳びの大革命でした。グラスファイバーはガラス繊維のことで、今の棒高跳びの棒・ポールは、グラスファイバーを用いたGFRP(ガラス繊維強化プラスチックとカーボンファイバーによるCFRP(炭素繊維プラスチック)などのいくつかの素材を組み合わせて作られています。竹はしなやかですが、曲げていけば折れる、でもGFRPのポールは360度曲げても折れない。しなやかさの度合いを調整していくこともできます。
実際のポールは、男子選手の場合、4~5メートル。硬すぎても柔らかすぎてもダメ。反発力を生かすには曲がり角度が90度を超えないようなポールを選ぶのがいい。
棒高跳びは、助走をつけて、ポールを「ボックス」と呼ばれる地面の穴に差し込み、その反発力でバーを飛び越える競技です。そうか、ポールを入れるところは決まってるのか。
ネットで見つけた中学生の記事で、彼らは初めはポールを突っ込むことも、ポールにぶら下がることも怖かったとありました。そうだよね、怖いよね。因みに中学生の記録のトップは4メートル60センチ。一般の住宅の2階の窓あたりが4メートルなのでその上くらいの高さ、6メートルだとビル3階分ある、高いよね。
競技ではバーに体が触れても落ちなければ成功ですが、ポールがバーに触れたら失敗。だから跳ぶと同時に、バーを走ってきた方に押し戻す技術も必要。空中で姿勢を変えるので、体操競技のような技術も必要らしい。
ポールの長さ
やり投げの時、解説者がやたらと槍の長さは2メートル60センチって言ってたので、棒高跳びの棒はどのくらいの長さかなと思って調べたら、ポールの長さに規定はないとわかりました。太さも材質も重さも硬さも、規定は何もありません。へーぇそうなんだ。
一般に4~5メートルのポールが多く使われています。選手はバーの高さや状況によって使い分けていて、一人数本持っていくようです。だいたいはバーの高さに応じてポールも長くなる。でもね、何メートルのポールを使っているかは公表されていません。今回のデュプランティスの世界記録についても、調べてもわかりませんでした。
ポールの値段は1本数万円~2~30万円もするものもあります。それを一人数本持つのは大変。そのため、国産の良質で安価なポールの開発に取り組んでいる研究者(元競技者で指導者でもある)もいるようです。
*余談ですが、やり投げの槍は電車でも新幹線でも持ち込めます。本当は2メートル以内とされていますが、2メートル程度で車内で立てておけるものはOK です。実際女子選手の槍は2メートル20~30センチ、2メートル60は男子です。
ポールの運搬
さて、5メートルもあるポールをどうやって運ぶのかという問題。もちろん折りたためないし、分解もできません。そのまま運ぶしかない。
ポールはケースに入れて運びます。このケースも結構いい値段、5本入りで4万円くらい。
運送の方法は、近場だと車、遠方だと配送会社に依頼する、海外だと飛行機。
車の場合は、屋根にのっけて固定するとか、大きめの車やトラックを手配するとか。一般に、運べる貨物の長さは、車長プラスその10%までと決められていますが、警察に許可申請書を提出して許可を受ければ車で運べます。その申請書を掲示し、貨物に縦横30センチ以上の赤い布をつけることで、ポールを運搬することができる、これを赤旗申請と言うみたいです。手数料はかかりません。
ポールを載せて公道を走っていると注目の的になるそうです。
地方の場合、部活で電車で運ぶこともあるらしい。その場合は、人に迷惑がかからないよう、うんと朝早くに集合し、複数人で運び込んでせーので一気に荷台に上げるとありました。競技場内で運ぶのも数人で。チームで助け合いながら。
試合前にすでに疲れるそうです。
運送会社に頼む場合は数日かかるし、競技場のどこに保管されるかなどを把握しておく必要があります。試合の時は、運送会社のブースがあって終了後に配送を頼める場合もあります。よく使われているのは佐川急便、ただし5メートル以下。5メートル以上だと西濃運輸。ヤマトはダメみたいです。
たまに、ケースを間違えるとか、届くはずが届いていないなどの事件も起こります。
海外へ運ぶ場合は、大型手荷物として事前に申請が必要です。海外の試合でもポールが届いていないという例もあるようです。そのため、保険を掛けたり、ポールにGPSをつける選手もいるとか。
競技人口
棒高跳びの競技人口はどれくらいいるのか、これがまた、全然わかりません。国内も世界も、検索しても出てきません。例えば世界では、陸上愛好家は何億人もいたとしても(日本では1000万人、アメリカでは3000万人と言われています)競技者として陸連に登録している人となるととても少ない、ましてや棒高跳びは競技人口少ないベスト3に入る程、かなり少ないのだろうとわかっただけです。
国内では、陸連に登録している競技者が42万人ほど、その中で棒高跳びのランキングでは、一般が440人、高校生が420人、中学生が380人ほど、合わせて1400人ほどでした。陸連以外であとどのくらいいるかわからないけれど、たいしていないでしょうね。
棒高跳びで県内予選に行ったら、5人とか7人とかだったって話はよくあります。
なので全国大会に行きやすいという話もあるけど…。
日本記録は2005年に澤野大地が出した5メートル83センチ。20年も破られていません。2025年のトップは江島雅紀の5メートル70センチ。今回の世界陸上の参加標準記録は5メートル82センチだったので、日本人は誰も達せず、世界陸上への参加はできませんでした。
今年のランキングでの高校生の記録は、1メートル50センチ~5メートル21センチ、中学生は1メートル60センチ~4メートル60センチとなっていました。
なお、世界には2023年6月の時点で、6メートル越えのボウルターが24人いるそうです。世界は遠いですね。
棒高跳びの選手はボウルターと呼ばれます。これに対して、走り高跳びの選手はジャンパーと呼ばれます。
日本記録保持者の澤野大地さんがネットで紹介していたのですが、棒高跳びの関係者で作るNPO 法人ボウタカが運営しているボウタカチャンネルというサイトがあって、そこで棒高跳びに関する様々な記事を扱っています。そこでは、棒高跳びに関する情報の収集、研究と情報提供を行っています。競技のできる場所を掲載したボウタカマップというのもあり、これから棒高跳びを始めたい方にも参考になりそうです。
今回そのサイトを参考にさせていただき、写真も使わせていただきました。(今回の記事の写真はほぼネットからのもの、不鮮明かもしれませんがお許しください。)
デュプランティスはまだ若い25歳。
ルックスもよく、婚約者は超美人で話題に事欠かず。試合後、彼女と日本を満喫しているようです。
ポッキーが好きなんですって、かわいいですね。
この先、6メートル30センチの記録をどこまで更新するのか、楽しみです。
(2025年9月28日 水野佳)










